おの、ゆーきの備忘録2nd

~明日が今日を忘れないために~   お越しいただきありがとうございます。自称フリーライターが、主に独り言を書いたりしてます。たまには自作の物語を載せたりすることも。   ★(6/10) 『芍薬の部屋 話の十一 前編』 掲載しました。  左の「MAIN」または「最近の更新」からお入りください。

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(ご挨拶)明けました

雑記・ひとり言

あけましておめでとうございます。
なにやらいつの間にか新年になっていました。
昨年は夏頃より我が家で色々ありまして、疲れたり生活に変化があったりで、結局半年近く何も更新できないままで年が終わってしまいました><

なんとか年内のうちに一度は投稿しようと思ってはいたのですが、まだ四分の一くらいしか書けていませんw
正月も明けるので心機一転、またぼちぼち作業を再開させていこうと思います。時間はかかるかもしれないけど、途中でやめてしまうことは考えていません。
あまり遠くない時期に、復活したいと願っております。

また、こことは別件ですが、友達と協働で絵本を作って、どこかの電子書籍に出してみようか、なんて話も出ています^^(絵が友達、ストーリーが私という分担)

こんな感じで、ゆっくり、ちょっとずつのペースではありますが、地味に続けていきます。

今年もよろしくお願いいたします。

ゆーき
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(雑記)腰を痛めて踏んだり蹴ったり

雑記・ひとり言

何かと落ち着かない日々が続いております。
加えて暑かったり寒かったりのような変動の大きい陽気が続き、季節の変わり目にはよく風邪をひく私には少々堪える今日この頃です。

さらになぜか、腰まで痛めてしまいました(涙)
軽ーいぎっくり腰のような感じなんでしょうか。なんとか動ける程度ではありますが、痛いし力は入らないしで、長時間椅子に座ってパソコンとか無理な状態が続いてました。
色々と考えてみたのですが、何が原因で痛めてしまったか、全く思い当たる節がないのがなんともやるせないです。
気分は踏んだり蹴ったり。特に厄年でもないのに。

とにかく早く回復させようと、無理はせずできるだけ寝っ転がっています^^

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(雑記・報告)コツコツやっていきます

雑記・ひとり言

すっかり休止状態に陥っているゆーき、でございます。
今年は計画的に進めていきたいと思っていたのですが、なかなかもってうまくいきませぬ><

前回もちょっと愚痴りましたが、先月くらいから親の体調がいまいちで、実はお盆明けの頃に入院しました。
療養したことで調子はもう大丈夫なんですが、体力が衰えてしまったために、退院後そのままリハビリを行う施設に移って今日に至っております。
なんだかんだと忙しかったり、落ち着かなかったりしております。
また、リハビリによってどこまで体力や身体機能が回復するのか、以前のように暮らせるのか、それともこれからは日常的に介護が必要な状態になるのかなど、色々と不安要素もたくさんあって、なかなかパソコンに向かってゆっくりとお話を書けるような心境になりませんでした。

そして気付けばもう9月も中旬。いつまでもウダウダしてても仕方ないし、平常心を取り戻すという意味でも、時間があるときは少しずつ、一行ずつでもいいから書くようにしていこう、と思うようになりました。
まだまだすぐに更新ということにはなりそうにありませんので実質的に休止状態が続くかもしれませんが、止めることなくコツコツと取り組もうと思います。

ということで、長期間放置を避けるための近況報告でした^^
今後もよろしくお願いいたします。

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(雑記)なかなか進みませぬ

雑記・ひとり言

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(雑記)なんだかんだと落ち着かない

雑記・ひとり言

まだ梅雨はあけてないみたいですが、すっかり夏の湿気と暑さの今日この頃。

最近父親の調子がいまいちであったり、知り合いが入院したり、また海外在住の知り合いが帰国したりなど、なんだかんだで落ち着かずにいます。
自然、ここの更新がおろそかになってしまって去年のような状態に><
それでもひとつひとつ取り組んで、ようやく少し時間がとれるようになってきました。まあ、時間は作ろうと思えば作れたはずなので、必要だったのは気分が落ち着くことだったのかもしれません。
このところあまり本を読んでいないのでじっくり読みたいと思ったりもしますし、相応に落ち着いてきているのでしょう。

ということで、近いうちにまた更新できるよう、作業にかかろうと思います。
オリンピックが始まるとまた見てしまいそうなので、今のうちですね。

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芍薬の部屋 話の十一 その日(前編)

芍薬の部屋(連載中)

「こ、こああのまひ、お、おおお――――ぃひぃぃぃっ!」
 瑞奈が「コアラの町」を貪り食う。いや、食うというよりは頬張る。いや、頬張るというより、口に詰め込んでいる。
 通常の三倍くらいにほっぺをぱんぱんに膨らませているのに、それでも休むことなく詰め込み続けている。そのうち頬が破裂するか、むせ返って中身を全部ぶちまけてしまいそうだ。
 常人では不可能なほどお菓子を詰め込んでも平気なのは、これも一種の霊現象かもしれず、だとすればお菓子の中でもチョコレートに、とりわけ「コアラの町」に執着することも、何らかの因果のなせる技かもしれないとは、珠希の談だ。

「そんなに慌てて食べなくても、横取りなんかしないわよ」
「らっれまら、ゆうえみらいにららららしゅひろーっれしわうろ、られられらうらっへしまふららひまろうひり・・・・」
「あーもう、喋っちゃだめよ。そこらじゅう粉だらけじゃないの!」
 珠希は苦笑しながら、瑞奈の口をティッシュで拭いてやった。
「でも、また食べられてよかったわね、瑞奈ちゃん」
「ふぁいっ! ごほごほっ」
「ほらあ、だから粉吹き飛ばしてるってば」

 健吾はぼんやりした頭で、インスタントのスープをすすりながらそんな光景を眺めている。
 夕べは三人ともあまり寝付けなかったようだ。珠希は何度もうんうん唸りながら寝返りを繰り返し、ようやく静かになった頃には、すでに空は白み始めていた。それからほどなくして健吾も眠りについたが、最後に見たとき瑞奈はまだ起きていて、窓の外をじっと眺めていた。外から差し込む光が強くなるにつれて、その体はいっそう儚く霞んでいくようにも見えたのだが、昼近くになって目覚めると、瑞奈はすっかり元通りの、実体を伴う――という表現が適切かわからないが――体になっていた。
 そのことに大喜びした瑞奈は今、食事と称して無限の食欲を抱えたリスと化してお菓子を詰め込み続けている。


 ――お話は明日起きて、ご飯食べてからにしたいです。
 夕べ瑞奈はそう言っていたが、ひとしきり「コアラの町」を食べ終わり、満足げな表情を振りまいたと思ったら、すぐに居眠りを始めてしまった。

「やっぱり疲れているのかしらね。しかたないわ」
 焦れて文句の一つも垂れるかと思われた珠希が、意外にも落ち着いている。
「宣言したからには、瑞奈ちゃんは必ず約束を守ってくれるでしょう。ここで慌てても始まらないわ。いっそのこと、夕方まで自由時間にしましょうか。ということで、あとはよろしくね、健吾くん」
 珠希は立ち上がると、玄関へ向かった。
「あれ、出かけるの?」
「時間があるならシャワー浴びたいし。お菓子も切れかかってるから、買い出しにも行ってくる。あと、ちょっと調べておきたいこともあって」
 急に自由時間と言われても、外出もできないし瑞奈も寝ている。正直健吾にはすることが思い当たらなかったので、調べものなら手伝おうかと申し出てみたが、これはあっさりと断られてしまった。
「調べるといっても、パパにやってもらうから。それに、これは念のためにやっておく類のものなのよ。不確定な情報のせいで変な先入観を植えつけられるのも嫌でしょ」

 取り残されるような形になってしまった健吾は、とりあえずシャワーを浴びた。浴室から戻っても、瑞奈はまだ眠っている。物音を立てて起こしてしまうのも可哀想だ、などと考えると、本当にすることがなくなってしまった。

     *

「健吾さん、健吾さん」
 声をかけられて、はっと目を覚ました。どうやら暇を持て余しているうちに、眠りこけてしまっていたらしい。
「健吾さん、風邪ひいちゃいますよ」
 瑞奈の声に促され、健吾はゆっくりと起き上がった。相変わらず冷房を使わなくても充分に涼しい部屋で、毛布も掛けずに床に転がっていたことで、少しばかりの肌寒さを感じている。
「うん、ありがとう。瑞奈ちゃんはいつ起きたの?」
「ついさっきです。すみません、お昼寝してしまって」
「いや、それは全然かまわないよ。お互い寝不足気味だったしね――」
 外の様子を窺うと、だいぶ陽が傾いてきていた。じきに夕方と言ってよい時間帯になりそうだ。なんだかんだで健吾も瑞奈も、二~三時間ほどは寝てしまったことになる。

「あのお、それで・・・・」
 瑞奈が辺りの様子を窺いながら尋ねてきた。
「・・・・珠希さんは留守ですか?」
「あ、うん。買い出しに行くって外出中。ちょっと待って、今メールで呼び戻すから」
 シャワーに買い出しに康則叔父への何かの調査依頼、それだけの用事でまだ戻っていないとは、珠希もどこかで居眠りでもしているのかもしれない。

「珠希さんがいないのは残念ですが、もうお話ししていいですか?」
「え? いや、それは・・・・」
「健吾さんが聞いてくれればそれでいいと思ってるんですけど。お二人がわざわざ揃って、あまり改まった雰囲気を用意されても緊張しちゃうし」
「ちょ、それは困るというか、できればちょっと待ってもらった方が助かるというか・・・・」
「え――――っ」
 瑞奈は不満げに頬をぷっくりと膨らませた。
「こういうのって、心の準備とか、タイミングとかあるんですよねー。今ならすんなりお話しできると思ったのにぃ」
「う・・・・ごめん。本当にごめん。でも君のことについては珠希ちゃんの方が頼りになるし、直じかに聞くべきは僕よりもむしろ彼女の方だと思うから」
 ぷいっと横を向いたまま、流し目を向けてくる瑞奈。健吾と目が合うと苦笑交じりのため息を小さく吐いて、わかりましたと告げた。

「健吾さんがそう言うのなら、そうします」
「なんか、不甲斐なくて申し訳ない・・・・」
「謝らないでください。私、健吾さんには感謝してるんですから」
「感謝? それはどういう・・・・」
 瑞奈はほんのりと暖かくて穏やかな、見ている者をそういう気分にさせるようでありながら、それでいてどこか寂しげでもありそうな複雑な表情で、ゆっくりと口を開きかけたが、言葉は発しなかった。
 声が出る前に、凄まじい轟音とともにドアが開かれ、珠希が猛ダッシュで飛び込んできたからだ。

     *

 畳部屋で、瑞奈を正面に据えた位置で珠希と健吾が並んで座る。珠希の呼吸の乱れはまだ完全には鎮まっていない。が、場の空気なのか瑞奈の表情なのか、何かを読み取ったらしく、すぐに始めようと提案した。

「そ・・・・」
 話そうとしてうまく声が出ずに、慌ててこほん、と小さく咳ばらいを一つ。仕切りなおそうと顔を上げた瑞奈の顔は真っ赤に茹で上がり、目が泳ぎまくっていた。

「それれは、は、はじめますっ! わ、わ、わたしの名前はゆ、ゆきみずなです、あ、それはもう知っていますよね、う、生まれはふたたつちゅ市の――あぁうっ!」
 舌を噛んでうずくまる瑞奈。開始して十秒ほどで中断してしまった。
「場が畏かしこまり過ぎたわね」
 笑いをこらえつつ介抱しながら、珠希は瑞奈が過度に緊張しないよう、自身と健吾の座る位置を真正面から避けるようにし、「お菓子でも食べながら、気が向いたら好きなタイミングで」語ってもらうよう促した。

 それから待つこと約三十分。
 待ち構えるあまり静けさで空気が張り詰めないよう、適度に雑談を交えながら過ごしているうちに、なんとか準備が整った様子の瑞奈が、ゆっくりと、小さいがはっきりと、澱みない口調で話し始めた。

「健吾さんには感謝してます。色々思い出して分かりました。今まで幾人かの人がこの部屋にやってきましたけど、すぐにいなくなってしまいました。ずっといてくれたのは健吾さん、あなただけです――」
 それは健吾にも珠希にもあえて視線を合わせようとはせず、終始独り言のように淡々としたものだった。

     **

 ――私はここ、双塚市で生まれました。

 小さい頃は元気でした。とても元気で、女の子としては元気すぎるくらいだったかもしれません。近所の男の子たちと仲が良くて、いつもサッカーしたりドッヂボールをしたりして遊んでました。おかげであちこち生傷だらけでした。
 パパとママはとても優しい人たちでしたが、私がお転婆で、おとなしい子が苦手で女の子の友達ができないことを心配していたみたいです。

 小学生になってもしばらくはそんな感じでした。いつもクラスメイトの男子と走り回っているような毎日でした。
 ところが、いつの頃からだったか、正確には覚えていないのですが、やたらと貧血を起こすようになりました。ちょっと動くと簡単に疲れてしまい、集中力も途切れがちで、運動も勉強もできなくなって、だんだんと学校に通うことも辛くなりました。
 いくら休んでも疲れがとれたような感覚は味わえず、いつも全身がだるくて仕方ありませんでした。手足が重くてだるくて、辛くて苦しくて、いっそのこと手足を全部切り落としてしまいたいと泣き喚いたことが何度もありました。

 もちろんそんな状態ですから、病院に行きました。あ、双塚病院です。
 検査やら治療やらで入退院を繰り返して、高学年になるころにはあまり学校へも行かなくなりました。
 そのうち、病院から出られなくなりました。
 中学生になることは出来ましたが、登校できたのは入学式の日だけでした。

 もうその頃にはなんとなく分かってきました。自分は助からないんだろうなと。
 パパもママも病院の先生も何も教えてくれませんでしたけど、かえってそのことが、私の確信を強くしていきました。
 そしてある時、パパとママと先生が病室の前の廊下でこっそり話しているのを盗み聞きしました。私が眠っているふりをしたんです。ドナーが見つかれば、というようなことを話していました。その可能性があまり高くないということも。

 それほどショックではありませんでした。ただぼんやりと「やっぱりなー」って思っていました。
 あ、本当はそれほど平気ではなかったのかもしれません。思えば翌日くらいから、何か張り合いのようなものがスポッと抜けてしまったような、脱力感みたいなものが纏わりつくようになりましたから。
 でもその時はなぜか自分のことよりも、盗み聞きしてしまったことへの罪悪感の方が強くて、それを誤魔化すために――なんでそんなことを思いついたのか謎なんですが――両親をお父さん、お母さんって初めて呼んでみたりしました。二人はちょっと驚いて、それから笑ってました。その笑顔が少し悲しそうだったので、すぐにパパ、ママに戻しました。

 病院では、いつも独りでした。
 両親を除けば、会いに来てくれる人はいませんでした。小学校の時の友達とはとっくに疎遠になってたし、一日しか登校していない中学に新しい友達ができるわけもありません。
 それから病院では、辛い治療がありました。必要だったんでしょうけど、あれは嫌だった。
 副作用のせいか、ほとんど食事が喉を通らなくなりました。無理して食べてもすぐに吐いてしまいました。
 それでも甘いものなら一口くらいは食べられたので、ベッド脇にはいつもチョコレートのお菓子が置かれるようになりました。
 いつか、お腹一杯チョコを食べてみたい。そう思いながら食べるのですが、口に入るのは一個か二個、調子のよい時で三個が精いっぱいでした。

 体はどんどん痩せて、骨が浮き出るほどになりました。ずっと室内にいるから肌も真っ白、というより青白いような具合でした。
 そして、頭から髪の毛がすべて抜け落ちてしまいました。
 もう、何もかも諦めるようになりました。
 もういい、独りでいい。誰にも会わなくていい。会いたくなんかない。
 私は病室から出ようとしなくなりました。

 それを心配したのか、ママは積極的に外に連れ出すようになりました。
 外と言っても病棟から出るわけではありません。談話スペースってありますよね、あそこです。いくつかソファーやテーブルがあって、テレビや新聞が置いてありました。病室よりも窓が大きくて、たくさん光が差し込んでくるのは確かに心地よかったので、気晴らしにはなったんだろうと思います。だから、談話スペースに行くことにあまり抵抗はありませんでした。
 そこで何をするということもありません。私の体はあまり力が入らなくなって、移動にも車椅子を使うようになっていたくらいですから。ただぼんやりと窓の外を眺めているか、テレビを見るともなしに見ているか、いつもそんな感じでした。

 その談話スペースに、毎日同じ時間にやってきては勝手にテレビのチャンネルを変えてしまう二人組のおじいちゃんがいました。病院でできた初めての、そして唯一のお友達だったかもしれません。
 私がテレビの前に座っているにもかかわらず、勝手にチャンネルを変えてごめんね――そんな風に話しかけてきたのが最初だったと思います。

 二人が特に楽しみにしていたのが、毎週水曜日の午後にケーブルテレビで放送していた時代劇でした。
 私はあまり、というより全く興味はなかったんですが、それでもなんとなく連続で見ていると話の内容もわかってきて、だんだん面白いと感じるようになりました。おじいちゃんたちは私を見つけると、「一緒に見よう」と誘ってくれました。
 私が甘いものが好きだと知ってからは、毎日のように飴やチョコを持ってきてくれるようになりました。不思議なことに、四個くらい食べることができました。
 それ以来、優しいおじいちゃんたちと一緒にお菓子を食べて少しおしゃべりして、水曜日は時代劇鑑賞。それが私の午後の日課であり、ただ一つの楽しみになりました。

 そんな毎日を過ごしているうちに、私はいつの間にか中学二年生になりました。もちろん、なんの実感も感慨もありません。それに、どうやら私は「頑張っている」んだそうです。そんな自覚もつもりなかったから、なんだか他人事のようでした。

 その頃です。あの人と出会ったのは。
 研修医の、斉藤先生。

     *

「あ・・・・だから『せんせい』なのか?」
 ここにきて、健吾はようやく納得した。
 さらに考えてみると、例えば沖田にも関心を示していたのは、強いとか美剣士ということではなく、労咳に苦しむ姿に、自身の境遇を重ね合わせていたのではないか。
「・・・・かもね」
 珠希は短く、肯定でも否定でもない曖昧な返事をよこした。
「とにかく、まずは聞きましょう。最後まで。瑞奈ちゃんの気が済むまで」

 瑞奈はしばらく口を閉ざしていた。
 疲れたり飽きたりした様子はなく、言葉を選んでいるようにも見えない。
 少し俯いて、摘み上げた「コアラの町」を指先でもてあそんでいる。
 時折、微かではあるが口元が緩む。たぶん無意識にだ。
 こういう状態を表す言葉を、健吾は一つしか知らない。

「・・・・思い出し笑い?」
「だよね」
 今度は珠希も強く肯定してくれた。

(つづく)


※連休前後に載せるつもりだったのですが、まるまる一か月オーバーです><
毎回ワンパターンな流れでちょっと反省してます。書くのに間隔が開くとそうなってしまうようです。
なお、冒頭部での瑞奈ちゃんの意味不明なセリフは、
「だってまた、夕べみたいに体が透き通ってしまうと、食べられなくなってしまうから今のうちに」
と言っているようです。
次回は後編です。ようやく本当に終わりが見えてきました。
今後もよろしくお願いいたします。


  

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(報告)ホラー大賞終わってました

雑記・ひとり言

先日エントリーいていたアルファポリスのホラー大賞の結果がでていました。

結果は言うに及ばずですが^^ 
きっちり確認していませんでしたが、最後に見たポイントの順位では33~35位くらいだったと思います><

今度はちゃんと「怖い」のに挑戦したいです。グロいのは嫌ですがw
他のジャンルでも機会があればやってみようと思います。
応援いただいた方には心よりお礼申し上げます。今後もよろしくお願いいたします。

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大空を泳ぐもの

なんでもみかん箱(その他入れ)

屋根よりたかいこいのぼり♪

そんな懐かしい歌を思い出してますが、そういう大きなこいのぼりをウチの周辺ではあまり見かけなくなりました。
立てる場所がないとか、そもそも子どもの数が減ってきてるのも関係あるかもしれません。

さて、こいのぼり。漢字で書くと鯉幟です。幟のぼり、と言っても実際は「吹流し」ですね。
なぜ鯉なのか、ということについては中国の伝説や故事に関係があります。

鯉という魚は、河の流れに逆らって水面を跳ねながら上流に上っていく姿が見られます。「鯉の滝登り」という言葉でよく知られていますね。

場所はよく知りませんが、黄河の中、上流域に、まだ実在が完全に証明されていない伝説の古代王朝「夏」の始祖とされる王、禹(う)が治水工事を行ったという滝(急流?)がありました。

その流れはとても激しく、鯉が登ろうとしても簡単にはいかなかったようです。
そこで、もし登りきることができれば、その鯉は力を得て龍となる、という伝説が生まれました。
その滝は「龍門」と呼ばれます。
龍門山という山を切り崩して出来たから、とか「鯉が龍になる」伝説から「龍門」と名づけられたなど、諸説あるようです。 すみません、あまり詳しくはわかりません。

時代は下って、後漢王朝後期、宦官の専横によって国が大いに乱れたとき、李膺(りよう、りおう?)という高潔な人物が国を立て直すため、敢然と宦官達に立ち向かい、心ある者達から絶大な信頼をよせられました。
結果、彼の周囲には多くの人が集まりました。
そして、
「もし李膺に信用され、登用されることがあれば、その者の出世は約束されたようなもの」
と言われたそうです。

そのうち彼に認められることを、先ほど紹介した龍門を登った鯉は龍になるという伝説になぞらえて、
「龍門を登る」とか「龍門を登った」
などと表現するようになったそうです。

この故事から生まれた言葉が、
「登龍門」(あるいは登竜門)です。
現在でも、成功、出世のための難関、関門という意味合いでよく使われていますね。
まあ、こんな感じで、鯉の滝登りは出世を象徴するものとなったそうです。

余談ですが、宦官に対抗した李膺をはじめとする「清流」と言われる一派に対し、実権を持つ宦官達も黙っておらず、「党錮の禁」と言われる大弾圧を行い、清流派を追放しました。
朝廷はますます腐敗し、国中が乱れ、ついに「黄巾の乱」という民衆の反乱が起きます。そしてそれをきっかけに各地の有力豪族が割拠し、戦乱の世となります。
その戦乱の中から、曹操や劉備という英雄達が登場します。彼らの野心や活躍を描いたのが、かの有名な『三国志』です。

さて、鯉幟に話を戻します。
五月五日は今は「子どもの日」ですが、別名「端午の節句(たんごのせっく)」と言われます。
端午は、十二支でいう「牛」の「初め」、という意味で、牛=ご=五につながり、五月の「五日」とされたと聞いてます。
現代ではちょうど連休、爽やかな快晴が似合う頃合ですが、これはつい最近の話。
ご存知のように、江戸時代までの「旧暦」は現在のカレンダーと一月くらいはずれてますので、当時の「端午の節句」は現在の六月にあたります。つまり梅雨の時期ですね。

なので「端午の節句」は、その季節を象徴する花である菖蒲を用いて「菖蒲の節句(しょうぶのせっく)」とも言われます。

今は「子どもの日」、そして少し前は「男の子の日」となっていますが、大昔はむしろ女性のための日だったようです。
詳しくは知りませんが、農作業とのからみで、田植えとか稲刈りに際して、女性が体を清めたり、休めたりして、家や玄関には菖蒲の花を飾ったとかなんとか(正確ではないかも)。

それが鎌倉時代、つまり武士中心の社会になってから変化が生じたようです。主役が変われば風習も変わるというわけです。

「菖蒲の節句」は「しょうぶ」、つまり「尚武」(武事を重んじること)につながるとして、男子が主役になっていったようです。

江戸時代には端午の節句になると、武家は普段しまってある武具や旗指物を家の中や玄関に飾ったようです。これは虫干しの意味も強かったようです。
そして当主は、そうした先祖伝来の品々の前に子ども達(男子)を座らせ、ご先祖様の武功や、武士としての心得について訓示するのが慣わしだったようです。

これを見ていた裕福な商人達も対抗意識を燃やして、勝手に派手な旗を作って飾ったりしました。
武具も勝手に高級な模造品を作って飾ったようです。こうした飾り物が、現在の「鎧兜」「五月人形」などのルーツになっているようです。
やがて、庭や玄関に飾っていた旗指物は、晴れた日には風にたなびいてもっと目立つように、吹流しに変更。
五色の絵で彩られた吹流しが町のあちこちで飾られました。

そしてそのうちに、先の「登龍門」の故事にあやかり、子どもの立身出世を願った真鯉の吹流しが誕生し、今日に至っているという感じらしいです。

今は男子だけでなく子ども全体をさすため、鯉の数もバリエーションも増えましたね。
昔の名残で、菖蒲の飾りを行うところもあるらしいです。

三月の雛飾りをいつまでも片付けないのはよくない、と言われるのと同じように、鯉幟も五月五日を過ぎても飾っておくのはよくないとされますので、五日の夜までには片付けましょう。


【解説】
季節もののうんちくエッセイです。久しぶりに載せてみました。
以前に他のところで書いた記事を原型に修正したものなので、さほど手間も時間もかからずに済みました^^
内容につきましては、うろ覚えで書いたところも多く、また今回載せるにあたって裏付け等もやっておりませんので、間違っている部分もあるかもしれません。どうかご容赦ください。



 

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(報告)アルファポリスにエントリーしてます

雑記・ひとり言

アルファポリスのホラー大賞にエントリーしました。
エントリーしていたことをすっかり失念していました^^

作品は、昨年掲載した
『蓋』
というタイトルです。
こちらになります

実際怖くないというか、ホラーという感じでもないのですけど、エントリー可能だったのでやってみましたw
今年はあまりここを放置状態にしたくないので、こうしたことも機会があればちょこまかとやってみるのもいいかと思っております。(何かやれば、こうして記事にできますし^^)
結果は何も期待してませんが、もし気が向きましたら、よろしくお願いいたします。

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(雑記)植物博士への道? たぶんパート5

雑記・ひとり言

なんとなく、年に一回くらいはこんな記事書いてる気がします。
植物に詳しい方にあこがれている私です^^

二~三日前にふと気づいたのですが、家の庭に(基本、放置してます)、いつの間にかこんな花が咲いていました。

にらはな

ガラケーで撮ったので、不鮮明です。カメラを普段持ち歩く習慣もないし、こういうときは、最近のスマホの高性能がうらやましいです。

白くてキレイな感じですが、毎度のごとく名前が分からないので色々訊いてみたら、
「ハナニラ」では?
と教えてただきました。正解でしょうか。

確かに、葉っぱとかはニラっぽい形してますw
でも、毒性があって食べられないそうですね。

一方、似たような名前で 「ニラハナ」 という植物もあって、こちらは食べられるとか。
なにやら紛らわしいですが、こういう花はつけないので、見た目は違うそうです。(←確認してません><)

放置していると色々勝手に生えてくる庭で、夏なんかは草むしりが面倒ですが、こうして花が咲いてくれると「もう春なんだなあ」と感じさせてくれます^^


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