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「犬の肉球ブログ(連載中)」
【桃子編】 三 オーディション

犬の肉球ブログ 桃子編三 オーディション 第六話

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三 オーディション 第六話

 休憩を挟んで、第三セッションが始まった。
 ここも全十九名で、鈴元リストからは、四十番木村桃子、四十一番坂井菜々、四十八番上島鮎、五十五番藤川千春の四名が登場する。

「それでは入場します。まず、四十番、キムラモモコさん」
 司会が氏名を呼ぶと、舞台袖から木村が現れ、舞台中央まで進んでくる。そこで彼女はマイクに向って言った。その視線は審査員ではなく、司会者に向けられている。
「木村ですが、モモコではありませえん。桃に子どもと書いてトウコ、と読みまあす。訂正してください。よろしくお願いしまあす」
 司会者は慌てて謝罪した。
 木村は、つん、と小さな顎を突き出して、定位置についた。

 ほう、と呟き谷口は木村桃子に注目した。
 今の名前の訂正、顔は笑っていたが、目はかなりまじだった。なんら臆するところなく、堂々と周囲を睥睨してはばからない。よほど名前を間違われるのが嫌いなのか、言いたいことは何でも言う性格なのか。どちらにせよ、谷口は自分の意思をはっきりと主張する者が嫌いではない。
「編集長」
 ぬっと鈴元が顔を出してきた。
「あの木村というコに、わざと名前を間違えて質問してくれませんか」
「なんでだ?」
「彼女の性格をもう少し確認しておきたいので」
 そう言って鈴元は下がった。鈴元も木村桃子に注目したのだろうか。

「四十番に質問です」
 司会が全員を紹介した後、谷口が口火を切った。
「えっと、キムラ・・・・モモコさんですね」
 鈴元の要望通り、わざと名前を間違えてみせると、間髪いれずに木村が口を挿んだ。
「あのお、モモコではなくて、トウコ、です」
 今度は真顔で真っ直ぐと谷口を見据えて主張した。
 ふん、と後方で鈴元の呟き声が聞こえてきた。
「あ、そうでしたね。失礼しました」そう言いながら、谷口は好意的な眼差しを木村桃子に向けた。
 鈴元が連れてくるモデルは皆確かにいい素質を持っているが、スタッフに対して従順すぎるきらいがある。こういう気骨を感じさせる人物が一人や二人いてもいい。
「あのお・・・・」木村が再び口を利いた。「それでえ、なんでしょうか?」
「あ、ああそうだった。ごめんなさい」谷口は質問を考えていなかったので、慌てて手元の資料をひっくり返して木村のプロフィールを見た。

「えーっと、木村さんは、趣味がパソコンと書いてありますが、かなり得意ですか?」
「いえ、機械のことは全然わかりません。ただあ、ブログとか好きなんで、自分でもやってまあす」
「ほう、どんなブログ?」
「えっとお、『犬のぷにぷに』っていう名前なんですけどお、別に犬のこととかのブログではなくて、自分の日記みたいな感じで何でも思いついたことを書いてるだけでえす」
「犬の――、なんですか?」
「ぷにぷに、です」
「たぶん、足の裏の肉球のことでしょう」鈴元が後ろで囁いた。
 ぷにぷに、と言えば普通は肉球に決まっているだろう。わざわざ当たり前のことにいちいちフォローするな、と谷口は少しだけイラついた。
「なるほど――あ、それから、木村さん、先週誕生日だったみたいだね」
「はい」
「手元のプロフィールでは十九歳となっているけど、これは今日現在十九歳?」
「先週で二十歳になりましたあ。申し込みの時点では十九でした。そのときはオーディションの日程もわからなかったので、そうするしかなかったと思います」
「いやいや、確認しただけです。おっしゃる通り、何の問題もないですよ。以上です。ありがとうございました」
 深々とお辞儀をして木村はさがった。それからしばらく質疑の時間が続いたが、木村桃子に質問したのは最初の谷口だけだった。

 最後の第四セッション十九名。ここでは七十三番伊原美沙だけがリストに載っている。
 入場してきた伊原はピンクのジャージ姿だった。場内では非常に目立つ。だが、それを意図した作戦であることは明白で、谷口としては何の感慨も覚えなかった。
 審査員のうち、『ロン』の編集長は伊原が気に入ったらしく、早速質問を始めた。今回参加した雑誌のうち、『WANTA』と『マチェリー』は二十代中頃から後半の、OL層が主要な読者であるのに対し、『ロン』は二十歳前後の学生が主なターゲットだ。その点、伊原美沙は高三で顔立ちもまだ幼い。ストライクというわけだ。

「今日のジャージにニット帽は、自分で考えたの?」『ロン』の編集長が尋ねた。
「あい、じぶんでいろいろ考えた結果っす」
 元気印に独特の口調、少し演出が過剰かな、と谷口は思いながらやりとりを聞いている。
「今は帽子にすっぽりと収まってるけど、髪はショート?」
「いえー、どちらかというと長い方だと思うっす」
「そうですか、ちょっと見てみたい気もしたけど、残念」
「いっすよー別に」
「大丈夫なの?」
「全然構わないっす。良ければ帽子とるっす。いいっすか?」
「・・・・では、お願い」
 伊原美沙は両手でゆっくりと、ジャージと同じピンク色のニット帽の両端を掴んで、真っ直ぐ上に持ち上げた。
 おお、と審査席が微かにざわめく。

 漆黒の輝きを放つ真っ直ぐな髪が、一瞬ふわっと弾けるように浮き上がり、それから毛先がゆっくりと左右に大きな弧を描きながら音もなく舞い降りて行く。
 その髪の一本一本の動きがあまりにも滑らかなので、まるでスローモーションのようにくっきりと見えた。
 さすがに谷口も一瞬心を奪われそうになった。十代の女の子で、ここまで美しい黒髪は最近見た記憶がなかった。

 なるほど、これが切り札か。
 シャンプーのCMをリアルで見るとこうなるのかもしれない。ストレートで全く重さを感じさせない、見事な黒髪だ。応募者の多くが大なり小なり髪を染めている中、注目度はジャージの比ではない。
 事実、舞台後方で並んでいる十八人の女性達は一様に驚きと羨望の眼差しを伊原の髪に向けている。半年ほど前にとった『WANTA』の読者アンケートでも、女性の究極の憧れは美しい黒髪、という結果が出ている。
 ジャージで奇をてらうように見せかけておいて、とっておきは隠しておく。二重のサプライズを狙った作戦だ。

 胸の辺りまで降りた髪をゆっくりと両手で整え、伊原美沙はぺこりと可愛らしくお辞儀して、後方にさがった。彼女が歩く振動で波打ち、微かになびく髪に、場内の視線は未だに釘づけになっていた。
 その後も淡々とセッションは進行したが、一向に盛り上がる気配を見せないまま終了した。第四セッションは伊原美沙一人に完全に食われた形になってしまった。

(第七話につづく)




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