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「犬の肉球ブログ(連載中)」
【桃子編】 四 残念会とお祝い会

犬の肉球ブログ 桃子編四 残念会とお祝い会 第一話

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桃子編
四 残念会とお祝い会 第一話

「なんだかあ、あまりセンスのいい水着じゃないよねえ」
「そうね」
「あんなの着せられるんだったら、今のうちに落ちといて正解だったねえ」
「そうね」
「だいたい、水色っていうのはあ、私には合わないわ――っと、出てきた出てきた。ほら、あそこ、美沙だよお」
「そうね」
「もう帽子はかぶってないね、でも今度は髪を編んできたよお。徹底してロリロリ作戦だなあ。水着も持参だったら、あのこ絶対スクミズ着てたと思わない? そうすれば完璧だもの」
「そうね」
「美沙って実は着痩せするよねえ。普段も大きく見えるくせに、水着着るとさらにグレードアップして、ボンキュッボンってなるもん。『巨乳着痩せ』だあ。運よくここまで進めたとしても、どうせ洗濯板の私は通過できなかっただろうなあ。・・・・だいたい女性誌のオーディションなのに、どうして審査員が全部男なのよお」
「そうね」
「ねえ、どう思う、美沙は三次通ると思う?」
「そうねえ」
「なんとなく、通るような気がするなあ。美沙が出てくると審査員の連中が一斉に注目するの、ここから見ててもわかるもん。オヤジ受けするもんなあ、美沙」
「そうね」
「なによお、さっきから、そうねそうねばっか」
「そうね(笑)」
「ふん! どうせあたしゃ落ちこぼれのぶーたれですよお」

 小ホール最後列の客席で、桃子と成美は第三次審査を見学していた。勉強になるかもしれないから、と成美が桃子を引っ張ってきた。
 ぶつくさと文句を並べてばかりの桃子の横で、成美は携帯電話を取り出しなにやらメールを打っている。
「なによお、人のこと無理矢理連れてきておいて、自分はメール?」
「あ、ごめん。もう終わるから」
「なに、仕事?」
「ううん、別件」
 成美は携帯を閉じ、舞台の方へと視線を向けた。桃子はその横顔をしばらく眺めて、それから成美に尋ねた。
「成美さん、ひとつ訊いてもいい?」
「なに?」
「成美さんって、あんまり悔しそうじゃないよね。一緒に落ちたのに」
「そう? そんなことないわよ。でもそうね、確かに残念ではあるけど、悔しいって程じゃないかもね。もともと今回はそれほど期待してなかったから」
「ふーん・・・・」
 落ち込んでいる様子は全くなく、むしろ肩の荷が下りたような清々しさを漂わせている成美を見ていると、さっきまで独りで騒いでいた自分がちっぽけに思えてしまう。きっとこれは年の功だ、と桃子は自分に言い聞かせた。

 ぶるぶると成美の手の中の携帯が振動した。成美は携帯を開いてメールを確認すると、ゆっくりと立ち上がって桃子に言った。
「さ、もう出ましょうか」
「へ? まだ始まったばっかだよお」
「結果はきっと亜衣ちゃんが教えてくれるわよ。それともずっとこのまま見ていたい?」
「だって成美さんが連れてきたんじゃん」
「ならいいじゃない。行きましょ」
 なんか、わけわかんね、と思いつつも、このまま一人でオーディションの続きを見る気にもなれないので、渋々成美に従い、小ホールを出た。

 会場の外に出ると、成美は何かを捜すように周囲を見回した。
「成美さんどうかしたの?」
 桃子が声をかけても、ちょっとね、と言うだけで成美は見回す動作を中断しない。
「変なの。もう私帰るよお」
「あん、ちょっと待って――あ、来た来た」
 成美は遠くに向って手を大きく振り始めた。桃子もつられて成美の手を振る方向に視線を向けた。
 人影が二つ、小走りしながらずんずんと近づいてくる。
 一つはやや小柄の細い体つきで、頭部では体の動きにあわせて髪がゆらゆらと揺れている。もう一つは縦にも横にも一回り大きくがっしりした体型で、力強い足取りで向ってくる。やがて二人の顔がくっきりと判別できるようになると、桃子は驚いて成美を見た。

「なに、一体なんなのお? なんであの二人がここに来るのお?」
「なんでって、私が呼んだからよ。桃子ちゃんも先週、誘われたでしょう?」
「私は断りましたあっ!」
「あら、そうなの。初耳。いいじゃない別に」
「よくない、全然よくないよお」
 そうこう言っているうちに、二人は桃子と成美の目の前に到着してしまった。
「ちーっす」と幸秀。
「どうもー」と蓮。
「こちらこそ、来てくれてありがとう」成美が二人に軽くお辞儀した。
「・・・・」桃子は何も言わずに幸秀と蓮を睨んだ。
 二人は桃子の視線に少し怯んだようだが、成美がなにやら目配せすると、幸秀がお疲れさん、と小さく優しく言い、蓮はうん、と頷いて柔和な笑顔を作った。

 なんだかこの二人、とってもぎこちない。全部知っているな。さては成美が伝えたのか。
 それだけで桃子はもうここにはいたくなくなった。
「私帰る」
 短く、強く言って桃子は歩きだした。
「待って待って、桃子ちゃん、せっかく二人が来てくれたんだから」
 成美は慌てて桃子の行く手を阻んだ。
「なによお、せっかくって。成美さんが呼んだでしょお。私、先週断ったもん。成美さんだけでどっか行けばいいじゃん」
「そんなこと言わないで。二人とも心配して来てくれたんだから」
「なんで私があの二人に心配されなくちゃいけないの!」
 思い切り指差した先の二人が桃子の視線に入った。

 見られてしまった。一番見られたくない場所と状況を。恥ずかしさのあまり、顔が熱を帯び始めた。それをごまかすために、桃子は一層声を張り上げる。
「なによお、なに見てんの。落っこちてみじめな私を笑いにきたの?」
「そんなわけないじゃないか」
 蓮が少しだけ近づきながら、口を開いた。
「ほんと、応援してたんだよ。幸秀と二人で、合格しますようにって」
「さっきまで二人、神社でお祈りしてくれてたのよ」
 そう言いながら成美は桃子の両肩を掴んで、体を幸秀と蓮に向けさせた。だが桃子はどうしても二人の顔を正面から見ることができず、顔だけは横に向けたままだった。
「・・・・ふん、祈り甲斐のない奴って思ったでしょ」
「そんなこと思わないよ。こういうのって、運不運もあるし、今回はきっと相性が悪かっただけだよ」
「何も知らないくせに、知ったようなこと言わないでよ!」
「ご・・・・ごめん」
 蓮は黙ってしまった。俯いた彼の顔をちらっと見て、桃子は益々ばつが悪くなった。

「もう、いいでしょ。帰ってよ」
 沈黙に耐え切れず、桃子は呟くように言った。言った途端、全身が震えだした。
「あ、ああ、うん。でもその前に、桃子さん、もしよければこれ――」
 蓮は言いかけて、口を噤んだ。
 唇を噛み締めている桃子の両目から大粒の涙がひとつずつこぼれた。
「・・・・そんなに気にすんなって。気楽にな――」
「うるさい!」
 慌ててフォローしようとした幸秀を睨み返すと、また大粒の涙がこぼれた。それを素早く指で拭き取り、ちいさく鼻をすすった。
「言われなくたって、気になんかしてないもん。するわけないじゃん。あんなカスみたいな奴らに私の何がわかるっていうの。オヤジばっかの審査で、最低! みんなスケベな目で美沙ばっか見ちゃって! 私だって・・・・私だって私だって、ちゃんと見る目のある人が見ればわかるんだから。そうよお、もっとちゃんとしたところでやれば、絶対受かるんだから。そしたら、そしたら誰にも文句なんて言わせない! そうよお、気になんて、してないもん。・・・・絶対、ぜったい受かってみせ――」
 全身に力を込めて一気に無理矢理喋ると、息切れして言葉が続かなくなると同時に、大量に涙が溢れてきた。次から次へと湧き出て止らない。それが余計に悔しくて、さらに桃子の涙腺を刺激した。
 どうしていいかわからず、その場にしゃがみこんだ。路面に雫が落ち、涙の染みが広がっていく。やがてその染みに鼻水も加わりだした。
 なんでこんなみっともない姿を晒しているのだろう。
 なんとかしたくても、桃子は喉から漏れ出しそうな泣き声を殺すので精一杯だった。

「桃子さん、これ・・・・」
 蓮がすぐ傍まで来て、しゃがんで視線を合わせながら何かを差し出した。桃子は黙ってそれを受け取った。てっきりハンカチかティッシュだと思っていたのだが、見てみるとそれは手の中にすっぽりと収まるほどの、小さな紙袋だった。
「御守り。本当は始まる前に渡したかったんだけど、間に合わなくて。でもさ、次は上手くいくようにって、いっぱい念じといたから」
 またひとつ、桃子の中の感情が膨れ上がり、それを抑え込もうとするとさらに涙と鼻水が勢いを増した。

 震える手でゆっくりと紙袋の中から小さなお御守りを取り出した。それを見た途端、桃子はとうとう我慢しきれなくなって、大声で泣き出してしまった。
「と、桃子さん・・・・」
 蓮は困惑した様子で、思わず桃子の肩に手を伸ばしたが、触れる寸前でためらった。代わりに成美がそっと抱いて支えた。幸秀はその場でおろおろするばかりだった。
「な・・・・んで?」
 途切れ途切れの声で桃子が喋ると、上手く聞き取れない蓮は慌てて一歩近づいた。
「なに?」
「なんれよお」
「なんで、って・・・・?」
「なんれ、安産の御守りなのよお」
「え?」
 桃子が握り締めている御守りには、くっきりと「安産祈願」の四字が刺繍されていた。すぐ近くでぷっと吹き出す成美の声が聞こえた。
「あ・・・・」
「この、ばかあ」
 桃子は再び号泣し、その傍らで彼女を支える成美は必死で笑いをこらえていた。
「ご・・・・ごめんなさい・・・・」
 蓮はうなだれて立ち尽くし、そのはるか後方、五メートルくらいの距離から、幸秀は蓮と桃子に向って両手を合わせて謝罪していた。

(第二話につづく)




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