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「犬の肉球ブログ(連載中)」
【桃子編】 四 残念会とお祝い会

犬の肉球ブログ 桃子編四 残念会とお祝い会 第二話・その二

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四 残念会とお祝い会 第二話・その二

 明日仕事があるから、と成美が去っても、桃子は二人を帰さなかった。結局終電ぎりぎりまで飲んだあと、二人は桃子を送るため、新宿から中央線に乗り換え、高円寺駅で降りた。
「もう大丈夫だよお、ここから歩いてすぐだからあ」
 桃子はそう言うが、南口のアーケードを歩いて行く後姿は誰がどう見ても大きく蛇行している。蓮と幸秀は放っておけずについて行く。
 商店街をしばらく直進して、途中で細い通りを左に曲がると、桃子の住むマンションに着いた。

「わ、結構いいとこ住んでるじゃん」
 幸秀が八階建てのマンションを見上げながら感嘆の声を洩らした。
「そんなことないよお」と言いながら、桃子は少し嬉しそうである。
「俺なんか古くて小さいアパートだからなあ。羨ましいよ」
「ふーん、蓮は?」
「僕は、自宅」
「なんだ。つまんないの」桃子の台詞で蓮はたちまち項垂れてしまった。

「ここ新しいんだろ? 中ってどうなってるの?」
「だーめ。中には入れないよお」
「う、それは残念だ」
「そんなの当然でしょお」
「俺のアパートはいつでも誰でも大歓迎だけどな」
「あっそ」
「まあ、いきなり夜中にお邪魔は無理だな。よし、場所も覚えたし、今度俺らで遊びに来るってのどう? 予め連絡してから行けば問題ないだろ?」
「だーめ! ウチは男子禁制です」
「蓮、だめらしいぞ」
「急にこっちに振るなよ・・・・」
「なんだ、お前は中見たくないのか?」
「いや、見たい気もするけど」
「だったらほら、何かいい考えを出せ」
「・・・・あなたたち、変」桃子は呆れて瞼半開きの無表情になってしまった。

「ほら、桃子さんに変とか言われちったぞ。何とかしないと」
「そうだ」蓮は皮手袋をはめた左手の拳で右の掌をたたいた。「もうすぐ冬だし、そしたらみんなで鍋しよう」
「鍋?」桃子と幸秀がハモってしまった。
「そう。でも僕の家では家族がいてちょっと無理だし、幸秀のアパートは六畳一間で狭いなあ」そう言いながら、蓮はわざとらしく幸秀を見た。幸秀も蓮の意図をすぐに察することができた。
「おう、そういうことなら、ここに広いマンションがあるじゃないか」
「・・・・なんだか、やっぱ変だわあ。この人たち」
「僕と幸秀だけじゃなくて、成美さんも一緒なら問題ないでしょ?」
「うーん。そうきたか・・・・」
 よっしゃ、と蓮と幸秀がハイタッチした。

「あ、やっぱりだめだあ」
「なんでー?」今度は男二人がハモった。
「私、もうすぐ引っ越すんだった」
「うそ、何処に? 遠くに? バイトは辞めちゃうの?」
「バイトは辞めないよお、むしろ近くなるもん。でもこれ以上は内緒」
「いつ引っ越すの?」
「それも内緒ですう。さて、もう遅いから帰ります。送ってくれてどうもでしたあ」
 桃子は軽く頭を下げて、話を切り上げた。

     *

「幸秀、あの子のこと、どう思う?」
 去って行く桃子を眺めながら、蓮は小声で言った。幸秀はちらっと蓮を見てから笑った。
「なんだよ」そのリアクションに不満を覚えた蓮は「もういいよ」と、勝手に歩きだした。 わりいわりい、と言いながら幸秀があっという間に追いついた。

「お前がそういう訊き方する時は、あれだよな」
「うっ、もしかして、ばればれか」蓮は照れを隠すために、右手で頭を掻いた。
「で、まじか?」
「うん。たぶんまじ」
「結構美人だもんなあ。でも蓮って、タカビな女が趣味だったか?」
「あれは、真性のタカビじゃないよ。意地っ張りだけど、なんか、寂しさをぎゅって握り締めているって感じかな」
「ほう、さすがに夢追い人の気持がよくわかるな。で、実際のところはどうよ。芸能人予約だったりしないか?」
「しないよ。芸能とかモデルとか、そんなの関係なし。だいたいそれ知ったのつい先週だろ。僕はファーストインプレッションからそうだった」
「おう、上等だ」
 幸秀はがっちりと蓮の首に腕を回して、走り出した。ちょっと待った、と抵抗する蓮に対して、しっかしハードル高そうだぞ、と言って余計に首をしめた。

     *

 部屋に戻った桃子は、ソファにどすんと腰を落として深く息を吐き出した。
 酒を飲みすぎたせいで体がだるいが、気分は不思議なほどすっきりしていた。

 会場を出た後の予期せぬ展開は、今思い出しても顔から火が出そうだ。でも大泣きして、言いたいことを言ったお陰でネガティブな感情は姿を消してしまっていた。
 今は明日からまたどう頑張るか、という考えが桃子の思考の大部分を占めている。
 一つ問題があるとすれば、次に蓮と幸秀に会ったとき、どういう顔をすればいいかわからないことだった。よりにもよって、明日はバイトが入っている。もしかしたらいつものように二人が顔を出すかもしれない。もし明日会ったとしても、一緒に飲んで少しは親近感も湧いたし、彼らは今日のことを何も言わないだろう、そんな気がしている。

 ――思ったよりも、いい人たちだった。
 いい人たちだと判ってしまったからこそ、彼らに悪態をついて、挙句に醜態を晒してしまったことだけは、後悔として残りそうだった。
 会ったら、一応謝っとこうかな。
 バッグの中から、安産祈願の御守りを取り出してみた。
 ばか、と言ったときの蓮の困りきった情けない顔が浮かんできて、桃子はしばらく思い出し笑いに耽った。
 そして浮かんでくるもう一つの顔。
 成美はいつになく優しかった。一体どうしてあんなに自分に親切にしてくれたのだろうか。ずっと慰め役に徹していたが、よく考えてみれば成美だって落選したのに。

 気がつくと、御守りが床に落ちていた。どうやら少し眠ってしまったらしい。このままでは風邪を引いてしまう。
 とっととシャワー浴びて寝てしまおう。桃子はそう決めて、立ち上がって伸びをした。
 タオルと着替えを用意して、脱衣スペースを兼ねている洗面所で服を脱ぐ。それから奥の浴室の明かりを点けて、中に入った。

 瞬間、ひやりとした空気が肌を撫で、桃子は妙な違和感を覚えた。
 なぜ、浴室だけこんなに冷えているのだろうか。
 注意深く見回すと、窓が少しだけ開いており、そこから冷たい外気が音もなく吹き込んでいた。
 桃子の鼓動が大きく波打った。
 窓は外の通路に面しているので、開けっ放しにすると浴室の中が見えてしまう。だから桃子は掃除の時以外、滅多にこの窓を開けることはない。勿論今日もこの窓を一度も開けていないし、触ってもいない。なのにどうして。
 自分が裸であることを思い出し、慌てて浴室から出た。

 とりあえずバスタオルを体に巻きつけてから、もう一度浴室の中を覗いた。用心深く窓から視線を逸らさないようにしながら姿勢を低くして、ゆっくりと中に進み、窓に近づく。
 恐る恐る五センチほど開いている窓から、外を確認してみた。
 外には誰もいないし、特に変わったところもない。
 思い切り窓を閉めると空気の流れが止った。いつもの浴室にいるような安堵感が戻ってきて、ほっとため息をつく。

 しかし、ふと浴槽が視界に入ったとき、ざわつくような悪寒が桃子の全身の表皮を駆け抜け、一瞬呼吸を止めた。
 震える足で少しずつ浴槽に近づき、底に散らばっているものを見た。
「な・・・・に、なによ、これ・・・・」
 そこには何十枚という、雑誌からビリビリに破り取られたとおぼしき、女の裸の写真ばかりが散乱していた。

(第三話につづく)




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