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芍薬の部屋(連載中)

芍薬の部屋 話の三 受縛(後編)

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 瑞奈の笑いがおさまるのを待つこと数分、話は再開したが――。

「信じられないのも無理はないと思うけど、事実なのよ。あなたは幽霊なの!」
「またまたー、いくらなんでもそれはないですよー。あり得なさ過ぎですっ。人を驚かそうとするなら、せめてもうちょっとマシなネタを用意していただかないと」

 概ねそんなやり取りを何度か繰り返しただけで、一向に進展の兆しは見えなかった。
 勿論、健吾は珠希と一緒に瑞奈を説得する側についてはいるのだが、何をどう言えばいいのか見当もつかず、ただ黙って眺めているしかなかった。

 ただ、いくつかの違和感は感じていた。
 そもそも瑞奈がここにこうして座っていること自体、不自然極まりない事態なのに、そのことに彼女は全く思い至らない様子だった。珠希がそのことを指摘しても、まるで何も聞こえていないかのような態度を取る。
 つまり、理論や理屈で諭そうとしても通用しない。生前の記憶も曖昧だし、自身の置かれた状況を客観視するようなことが苦手なのかもしれない。どうやら幽霊とはそういうものらしいと、薄々理解していった。

「こうなったら、何が何でも幽霊だと認めさせてやるわ。覚悟しなさい!」
 半ばやけくそで、しかしながらどこか神妙さに欠けた軽妙な口調で、珠希はびしっと瑞奈を指差した。
 その大仰な仕草と決め台詞のような言葉は、安っぽい探偵ドラマを思わせる。

 見ると、その口元は微かに笑みを含んでいた。もうこの状況は笑うしかない、といった苦笑でもなければ、不敵な笑みでもない。健吾が思うに、珠希も少しばかりこの状況を楽しみ始めているのかもしれない。

「では健吾くん、携帯貸して」
 突然言われて、健吾は反射的に「はいっ」とポケットに入れてあった携帯を珠希に手渡した。
「あはっ、なんだか犬の『お手』みたいですね」
 瑞奈のコメントに深く深く傷ついてしまった。

 落ち込む健吾を無視して、珠希は携帯のカメラモードで、瑞奈に向かってシャッターを切った。
 かしゃり、と小気味よい疑似シャッター音が鳴る。
「ほらね」
 と、珠希は今撮ったばかりの「瑞奈の写真」画像を健吾に見せた。

 そこには、瑞奈の姿がどこにも映っていなかった。畳と壁だけ――ではない。
 今、目の前いるはずの瑞奈は映らず、目には見えていない別のものが映っていた。ぼんやりと白っぽい、小さな光の玉のようなものが何十個と宙に浮いている。

「うひえいゃ――――――!」
 健吾の悲鳴が鳴り響き、珠希と瑞奈は同時に耳を塞いだ。
「こ、こっこっこっ、ここ、これは、これはっ! も、ももしかしてう、噂に聞く、お、お、オ――ぶほっ!」
「やかましい!」怒声とともに飛んできた珠希のゲンコツで、健吾は強制的に黙らされた。

「これでどう? 何か言い分はあるかしら」
 珠希は携帯の画像を瑞奈の眼前に晒した。
 画面を覗き込んだ瑞奈は、きょとんとした表情で、少し首を傾げただけだった。

「あのう、これがなにか?」
「だから、どうしてあなたは映らないのかしら?」
「うーん。えーっと・・・・何かの、トリック?」
「・・・・」珠希の首と両腕が力を失ってがっくりと垂れ下がった。

「まだよ、まだ終わらないわ。こうなったら、とっておきの手段を使ってやる。あまりやりたくはなかったけど、この際仕方ないわ」
 珠希は立ち上がり、瑞奈の傍らに移動した。

「では、いくわよ。ごめんね、瑞奈ちゃん!」
「ふえ? なにを――」
 珠希は右手を振り上げ、相方に強めの突っ込みを入れる芸人のような仕草で、瑞奈の後頭部をぽん、と叩いた。

 ぽろっと首がもげて、落ちた。

「ひぎいゃああああああ!」
 再び発した健吾の悲鳴は、「いいかげんしつこい!」と今度は手刀で黙らされた。

 畳に転がる首を見降ろし、勝ち誇ったように珠希ははっはっはっと高らかに笑った。
「どう瑞奈ちゃん? 何か言いたいことはある? 首が取れちゃうなんて普通あり得ないわよねえ。これで信じる気になったでしょう? 観念して認めてしまいなさい。自分は幽霊なんだって!」

 瑞奈は何も答えない。転がり落ちた首は珠希を見上げ、唇とぎゅっと噛み締めている。
 健吾は、ものすごく嫌な予感がしてきた。

 やがて少しだけ開いた瑞奈の口から、「えぐっ」と声が漏れたかと思うと、その両目から大量に涙が溢れだした。
「あ・・・・まずいかも。ちょっとやりすぎ?」ここにきて珠希の顔にも、焦りの表情が貼りついた。

「びええええええええっ」
 瑞奈の泣き声が部屋中に轟き渡る。彼女の首の周囲には、たちまち涙で水たまりができあがった。

 しかし、異変はそれにとどまらなかった。
「さ、寒い。急に寒くなってきたよ。た、珠希ちゃん、これはどういうことなの?」
 この不可解な現象は三度目だが、今回が最も顕著で強力だった。最早真冬と遜色ないほどに部屋の中が冷え切ってしまい、健吾の全身は寒さでガタガタに震え、歯の根も合わなくなっていた。

「ああ、大丈夫よ、これは――」
 珠希は存外冷静に、泣きわめく瑞奈と部屋の状況を観察しているようだった。
「――よくあるのよ。霊が現れたり騒いだりすると、周囲に冷気が発生することがあるわ。オカルト系の映画やドラマでもあるでしょ? 霊が登場するシーンで吐く息が白くなったり、暖炉で火が燃えているのに、すぐ前に置いてあるグラスの氷が解けないとか。あれと一緒で一時的なものよ――とは言ってみたけど、これはかなり強烈ね。このままだと凍えてしまうかも」

 珠希は瑞奈の首を拾い上げ、元の体に戻してやった。
「ごめんね瑞奈ちゃん。ちょっと言い過ぎたわ。首を落としたことも謝るから泣きやんで」
「うええ、た、たまきしゃん、の、いじわうう――ひっく」
 なかなか泣きやまず、珠希は謝ったり慰めたりなだめたりおだてたりをひたすら繰り返した。

 約三十分後、瑞奈がようやく落ち着いてきてくれたお陰で凍死を免れた健吾の前に、疲労困憊して床に突っ伏した珠希の姿があった。

「・・・・や、厄介ね。難敵だわ。これが中年太りのオッサンユーレイなら容赦しないのだけど、あんな可愛い女の子っていうのは反則よ。あのコ泣かせた罪悪感で私、胸がつぶれそう」

「あ、あのう、珠希ちゃん」
 虚ろな目でぶつぶつと呟いている珠希に、健吾は恐る恐る声をかけてみた。
「はい、なんでしょう?」
 我に返ったように、珠希は起き上がった。徹夜明けのような、生気のない顔つきだったが、とりあえず大丈夫そうなので続けた。

「彼女――瑞奈ちゃんは幽霊で、この部屋にずっと止まっている。だからこの部屋では以前から色々不思議な現象が起きていた、ということだよね?」
「そういうことになるわね。この部屋には瑞奈ちゃん以外の気配はないから、これまでの怪異の原因は概ね彼女の影響だと思う」
「僕はこういうの全然詳しくないけど、つまり、彼女――瑞奈ちゃんは、その・・・・いわゆる地縛霊、ということになるの?」

 死んだ場所に止まり続け、強い怨念により人に悪い影響を及ぼす。健吾の持つ地縛霊のイメージとはそんなものだ。怨念どころか、ほとんど無害に見える部分を除けば、瑞奈は地縛霊のイメージと重なる気がした。

 珠希はうーん、と唸って腕を組んだ。
「地縛霊は死んだ場所、あるいは住んでいた家とか思い出の場所とか、そういう何らかの執着のある所に出るのよね。勿論例外もあるんだけど、概ねそんな感じよ」
 珠希の応えを聞く限り、健吾の霊に対する乏しい知識と大きくかけ離れてはいないらしい。

「だけどね――」珠希は続けた。「この部屋はおろか、別の棟も含めて、このマンションに『雪』という名の人物が入居したことはないのよ。それに、ここでは自殺や殺人はもちろん、事故や病気による死者も出たことがないわ。それどころか、大けがを負うような事件も事故もないはず。だから、瑞奈ちゃんを地縛霊と判断するのは難しいわね」
「へー、すごく詳しいんだね。これまでの入居者とか全部覚えてるの?」
 まさか、と瑞奈は首を振った。

「そりゃあ怪現象か起きているから少しは調べてあるけど。雪、という姓は珍しいから該当しないってすぐに分かるの。どこぞの佐藤姓だったらこんな判断はできないわね」
「・・・・どうせ佐藤はありきたりですよ」
 二度目の嫌味に対し、今度は口に出して言ってみたが、珠希は無反応だった。というより、他のことに気を取られているみたいだった。

「この匂いは何かしら? 健吾くん――なわけないわね。じゃあ瑞奈ちゃんから?」

 珠希は瑞奈の傍らに座り、鼻をひくつかせた。
「やっぱりそうだわ。いい匂いがする――これ、ピオニーかしら? 瑞奈ちゃん、香水つけてるの?」
 瑞奈はぶるぶると大きく首を左右に振った。まだ機嫌が直りきっていないのか、喋ろうとしない。

「ピオニーって?」
「芍薬のことよ。そんな感じの匂いがするわ。前からそうだった?」
 健吾は頷いた。初めてこの部屋に入った時は甘い香りで咽かえりそうなほどだったことも伝えた。

「ふむふむ、前から匂いはあった。その匂いは瑞奈ちゃんからする。でも瑞奈ちゃんは香水もつけてないし、身に覚えもない、とすると――」
 独りごちながら、珠希は視線を落とした。正座している瑞奈の下には、この六畳間で一枚だけ黄色く色あせた畳が敷かれている。

「瑞奈ちゃん、ちょっと立ってみてくれる?」
 瑞奈は小さく首を振った。動こうとしない。

「お願い。ほんのちょっとだけ、一メートルでいいの。動いてくれないかしら」
 珠希が両手を合わせると、瑞奈はちらっと珠希を見て、申し訳なさそうに言った。
「・・・・動けないんです」

「え? どういうこと?」
「立つことも、正座を崩すこともできません」
「・・・・ずっと前からそうなの?」
 瑞奈は黙って頷いた。

「辛くない? しびれとか、痛みは?」
「特には。自分が座っているのも忘れちゃうくらいです」

「・・・・ちょっと失礼」珠希は瑞奈の腕を両手でしっかと掴んだ。
 たちまち両目がキラキラ輝き、興奮を抑えきれない様子で騒ぎ始める。
「すごいすごい! 幽霊にこんなにしっかりした感触で触れるの初めてよー」
 幽霊、と言われて瑞奈は少しむっとした表情をしている。この後に及んでまだ認めていないらしい。

 ひとしきりはしゃいでから、改めて珠希は「じゃあいくわよ?」と合図して、瑞奈の腕を思い切り引っ張った。
 動かなかった。横にずらそうとしても、上に持ち上げようとしても、ピクリともしない。
 うーん、うーん、えいっ、とかけ声を漏らしながら何度も試しているうちに、珠希の息が乱れ始めた。相当に力を入れているらしい。
 瑞奈の方は特段痛がる風でもなく、涼しい顔をしている。

「僕も手伝おうか?」
 大変そうだったので、健吾は近づいて手を伸ばした。
 その手を、ぴしっと珠希の手が払いのけた。
「触んな! この変態少女趣味エロイトコ!」
 ――珠希さん、いつぞやおっしゃられた時より修飾語が増えてますよ。

「いい? 瑞奈ちゃん、この変態妹好きロリータ趣味エロイトコに襲われそうになったら、ちゃんと逃げ――られないのか――なら、大声を出すのよ。さっきみたいに大泣きすれば、こいつを凍死させることも可能だからね」
「はいっ珠希さん!」
 明るく満面の笑みで返事する瑞奈の表情と声が、追い打ちをかけるように健吾の胸の大事なところを深く貫いた。このまま悶絶死してしまいそうだった。

 結局珠希が何をしても、瑞奈はびくともしなかった。
「本当に動かないわ。これは・・・・何かに捕らわれている、てことかしら? でも――」
 珠希が頭を掻きながら、唸っている。
 つられるように健吾も頭を掻きながら、なんとなく所在なさげにしている瑞奈の姿を眺めた。やっぱり気になってしまうので、尋ねることにした。

「あの、珠希ちゃん、『それ』について、教えてくれる?」
 健吾は、瑞奈が座っている畳を指差した。
 初めから奇妙だとは思っていた。六畳部屋で、他の五枚は青々とした新品なのに、押入れ前のこの一枚だけが古く色あせている。康則叔父がケチったせいだと解釈していたが、よく考えてみれば、それではケチり方が不自然すぎる。
 そして今そこに瑞奈が座っているともなれば、何かあると思うのが当然だ。

「その畳は、この部屋の最大の謎、ね」
「謎?」
「その一枚だけ、どうやっても交換できないのよ」
「え、どういうこと?」
「そのまんまの意味よ。試しに、持ち上げてごらんなさいよ」

 言われるまま、健吾は色あせた畳を持ち上げようと、すき間に指を突っ込んで力を込めてみた。
 どうやっても、全く動かなかった。
 他の畳でも試してみたら、初めは慣れていないせいで苦労したが、コツがわかると簡単に持ち上がるようになった。

「ね?」珠希が退色した畳の表面を手で軽く撫でながら言った。
「どうやっても交換できない畳。そしてその畳には今、瑞奈ちゃんが座っている。彼女も動けない・・・・そうね、やっぱりここに何かがあって、瑞奈ちゃんは縛られているのかもしれない」

 珠希は、よし、と小さく声を漏らすと、意を決したように立ちあがった。
「どうしたの? もしかして何か解決の糸口が?」
「万策尽きたから、帰って寝るわ!」
 健吾はずっこけそうになった。

 足早に玄関に向かう珠希を、泣きそうになって追いかける。
「そんな顔しないで、あなたはお菓子でも買って、瑞奈ちゃんのご機嫌とってなさい」
「そ、そうは言うけど」
「大丈夫よ、私も手伝うわ。なんとかしたいと思ってるから。せっかくこの部屋の怪異の正体に近づけたんだし、あのままではあのコ、不憫だし」

「な、何か手だてはあるの?」
 ついさっき、万策尽きた、とかなんとか・・・・。
「鍵はあのコ――瑞奈ちゃん次第ね。思い出せばなんとかなるかもしれない」
「思い出す? 何を?」

「あのコが何者で、いつ、どうやって死んだか・・・・それが分かれば、ここにとどまっている理由も分かるかもってこと。そのためには、まず自分自身が幽霊であること、つまり自らの死を受け入れることが必要ね」
「でも、今日の様子だとなかなか難しそうだよね」
「きっかけは与えたわ。もともと、人の思い込みをいきなり転換させることは難しいのよ。今日のことは充分『刺激』になっていると思う。これから少しずつ、気づいたり思い出したりするかもしれないから、しっかり観察してね。何かあったらすぐ呼んで。じゃ」

 それだけ言うと、珠希は玄関を後にした。だが歩く方向はエレベータがあるのと逆だった。

「あれ、どこいくの?」
「ああ、言い忘れてた。私、しばらく隣の空き部屋に滞在するから」
 隣の部屋のドアや足音の正体が、ようやく分かった。健吾が入居してすぐに、珠希はこの部屋の様子を窺うための行動を起こしていたのだ。

「あのお――」ダメもとと分かっていつつ、健吾は尋ねてみた。
「――僕もそっちで寝泊まり、は、無理だよね。たとえば、部屋を交換するとか・・・・は?」
「男じゃないと瑞奈ちゃん出てこないのよ。あたなじゃなくて、誰があのコの様子を見るのよ」
「あ、あはは――そう、だよね」
 健吾の未練がましい、不安げな仔犬のような見送りの視線をものともせず、珠希は隣の部屋のドアを開けた。

「あ、そうだ」
 珠希は振り返り、健吾に向かってにこっと微笑んだ。
「もし、瑞奈ちゃんにいたずらしたら、許さないからね。合鍵持っているから、すぐに駆けつけるわ。肝に銘じておいてね」

 ばたん、とドアの閉まる音とともに、珠希の姿は消えた。
「――とほほ」
 残された健吾の口からため息とともに、妙な声が零れた。
 とほほ、なんて言葉、実際に使うときが来るとは夢想だにしなかった。

(次話につづく)




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