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「犬の肉球ブログ(連載中)」
【蓮編】 三 パピヨンの憂鬱

犬の肉球ブログ 蓮編三 パピヨンの憂鬱 第一話

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蓮編
三 パピヨンの憂鬱 第一話

「その前に、なるネェと女同士の相談があるっす。男子組は離れててくださいー」
 美沙はそう言うなり、部屋の隅で成美と小声で何やら相談を始めた。何の話なのか全く聞こえないが、成美は驚いたり困ったり、そして「男子組」の方をじっと流し見たり、どうも挙動がおかしい。

「女子高生みっさー、侮りがたし、だな」幸秀には、すっかりその呼び名が定着してしまったらしい。「常に切り札を隠し持ち、使いどころも心得ているようなタイプだ。やっぱああいう強かなコが、オーディションとか受かるのかね」

 いつの間にか場の主導権を握り、物事を前進させていく力も備えている。確かに美沙は頼もしいと思うが、蓮には幸秀のように、そんな彼女を眺めてしみじみと感想を述べるような心境にはなれない。ひたすらに今の自分の無力を痛感するばかりだった。
「でも、いちいち勿体ぶってるよなあ――雪村亜衣だっけ、その人との連絡方法が判っているなら、初めからそう言えばいいじゃないか」
 幸秀は少し拗ねた口調になった。美沙が現れるまでは彼が場を仕切っていたのに、あっさりと役割を奪われてしまったのが少し悔しいらしい。

「ヒデにぃ、今の、わざと聞こえるように言ったすか?」
 どうやら「女子組」の話し合いは終了したらしい。改めて四人が小さいちゃぶ台を囲んだ。
「じぶんが亜衣さんとの連絡手段を話さなかったのは、不要ならわざわざ教える必要がないと思うからっす。亜衣さんのプライバシーにも係わるっすから」
「まあ、確かに俺らとその――亜衣さんって人は面識もないからな」と幸秀は受け答えたが、美沙は無視して話し続けた。
「やっぱり必要そうなので、なるネェとも今そのことを確認したっす。というわけで、これからコンタクトを試みるっす」

 美沙はパソコンを開いて男子組にディスプレイを向けた。
 画面には、セクシーな格好をした幾人かの女性の写真とともに、大きくサイト名が表示されている。

『ライブチャット・サファイアガール』

「・・・・あの、これが、なにか?」
 突然そんなものを見せられても、蓮には意味がわからない。

「亜衣さんはここのチャットレディしてます。いくら音信不通でも、ここでなら捕まえられるかもしれないってことっす」
「ここって、アダルトチャットだろ、じゃあ亜衣さんって、ここで脱いだりしちゃってるんだ」幸秀が興味津津に言うセリフを、成美の鋭くて非難の混じった声が遮った。
「まったく、これだから」
「ほんと、男ってどーしようもないっす」美沙がそれを引き継ぐ。未成年の女の子に真正面から言われるとさすがに恥ずかしい。

「でも、男がどーしようもないから成り立っている商売っす。ここの女の子たちは、基本それを前提に稼いでます」
「それ、フォローになってないよね」蓮が言うと、
「あいー、フォローしてません」と美沙が答えつつ、続けた。
「こういうところで稼いでいる人たちは、理由は色々だと思うんすけど、基本、本業がAV女優とか風俗とかの、所謂プロでもない限り、あまり素性を知られたくない人も多いはずっす。
 それはきっと亜衣さんも同じだと思うっす。なのに、じぶんらがここでコンタクトを試みるということは、亜衣さんにとっては、既に絶交したはずの相手が、よりにもよって知り合いにはあまり見られたくないところにわざわざ出現するってことす。だから怒って拒絶される可能性があるっす。これは賭けっす。さっき、なるネェとはその辺のことを相談したんす。男子組も配慮よろしくっす」

 蓮は雪村亜衣という女性と面識はない。もちろん幸秀もそうだ。彼女にとってみれば、そんな見ず知らずの男に、知り合いである成美や美沙が素性をばらしながら、アダルトサイトを通して連絡しようというのだ。配慮とは、成美の心情を汲み取れ、ということだろう。

「じゃ、中に入って亜衣さん探しまーす。今日は木曜の深夜っす。亜衣さんは水・木曜日の深夜に良く出現するっす。つまり今日、運が良ければ会えるっす」美沙は操作を開始した。残り三人は美沙の両脇と後方からその様子をじっと眺めた。

「・・・・いないっす。出るなら今くらいの時間帯に出現することが多いんすけど、今日はお休みか、これから出てくるか・・・・」
「え、じゃあこれで今日は終わり?」成美はいくぶん拍子抜けした様子だった。

「ちょっと待つっす。今検索かけるっす・・・・はい、出ました。これが亜衣さんっす」
 美沙はサイト内の検索ページから一人のチャットレディを探しだし、プロフィールを表示した。と言っても、プロフィールはほとんど空欄だった。写真が数枚掲載されているが、どれも首から下の写真ばかりで、顔は写っていない。

「これが亜衣さん、ですか?」蓮は、成美に訊いてみた。
「うーん、実感が湧かないんだけど・・・・美沙ちゃんがそう言うんだから、たぶんそうなんでしょうね。私も見るの初めてなのよ。顔が写ってないとわからないものね」成美も自信がなさそうだった。「私の知ってる亜衣ちゃんって、もっとクールでかちっとしてて、一寸見では人を寄せ付けない感じなのよ。この写真みたいに、こういう・・・・何ていうか、セクシー、な格好やポーズするイメージとはかけ離れているわ。言われなければこれが亜衣ちゃんって気づかなかったわ」

「これは、何て読むんだ? ぱ・・・・ぱぴろん、か?」
 幸秀が名前の欄を指して言った。
 この亜衣らしい人物のハンドルネームは「PAPILLON」となっている。
「雰囲気違うのは認めるっすけど、本当に亜衣さんすよ。それから、名前は『パピヨン』と読むっす」美沙が説明する。

「あ、パピヨンって聞いたことがあるわ。たしか犬の種類にそういうのがあったわよね。小型犬で、耳が大きくて立ってるのが可愛いのよ」
「なるネェ、部分正解っす。パピヨンはフランス語で『蝶々』って意味っす。犬のパピヨンは、大きく立った耳がまるで蝶々の羽みたいだから付いた名前っす。亜衣さんの場合、パピヨンは犬じゃなくて蝶々の意味で使ってるっす。ほらここ」
 美沙は写真を一つ拡大してみせた。胸元が大きく開いたシャツを着ている。その首の付け根、鎖骨の辺りに、黒い蝶々の形をしたタトゥーが刻まれていた。
「あ・・・・このタトゥーは見覚えがあるわ。やっぱりこの人が亜衣ちゃんなのね」成美はようやく得心したようだった。

「さて、これからどうするすか? さっきも言った通り、これから明け方にかけて、パピヨンこと亜衣さんが登場する可能性はあると思うっすけど、待ってみないとわからないっす。ここのメールサービスを使って返事を待つ、という手もあるっす」
「メールは避けたいわ。真意が伝わらずに拒否されてしまうかも」と成美。
「そうっすね。できれば直接チャットで話す方が正解っす。亜衣さんなら、一旦ログインして話せば、いくら怒ってもすぐに接続を切ったりしないと思うっす。メールはタダだから無視されるけど、チャットは繋がっている間、ずっと課金されるっすから」

 美沙は亜衣の過去のログイン履歴を確認し、とりあえず午前四時半までは、このまま亜衣が現れるのを待とうと提案した。その間、四人は交代でチャットサイトをチェックしながら過ごすことになる。時刻は間もなく二時半を指そうとしていた。

「じゃあ、今のうちに入会手続きするっす。で、誰がしますか?」
「入会?」蓮は何を言われたかわからなかった。
「このサイト、会員にならないと利用できないっす。入会は無料っすが、チャットするにはポイントを購入する必要があるっす。んで、一分いくら、みたいにやればやるほどがんがんポイント消費して、お金かかるっす。あと、クレジットカード必要です。ちなみに現役高校生の私は勘弁してほしいっす」

 美沙はサラっと逃げた。この場合、やはり蓮か幸秀が入会するのが順当だろう、という空気が漂っている。しかし蓮は困ってしまった。桃子のためだから、自分こそが入会すべきだと理解しているし、その気もあるのだが、クレジットカードを持っていない。
 そのことを知っている幸秀が観念したように口を開いた。すまん、と蓮は心の中で深く感謝した。

「わかった、俺が入会するよ。それにしても、みっさー、詳しいな。何でもスラスラ解説できてるよ。いつの間に調べたんだ?」
「調べるも何も、じぶん、先月までここでチャットレディしてましたから、詳しいっすよ」
「なぬ!」
 幸秀が壊れかけた声を発した。これで二度目だ。「い、今はもうやってないの?」などと余計な言葉が後からついてくる。

「あいー。もう引退っす。いろいろやばいっすから。人間、何事も経験っす」
 硬直しかけた幸秀を押しのけて、成美が割り込んできた。
「いいわ、私が入会する。はい、これカードっ!」
 ちゃぶ台に叩きつけるように、カードが提出された。美沙は涼しい顔でそれを拾い上げ、ちらっと成美を見て「ふーん」と呟いてから、手続きの作業を始めた。


(第二話につづく)



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