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芍薬の部屋(連載中)

芍薬の部屋 話の七 刻まれた証(後編)

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『メモリアルガーデンヒル ふたつつか』
 墓地の入り口の看板には、そう書かれていた。駐車スペースは十台分ほどしかなく、墓地自体もそれほど広くない。数分あればひと周りできてしまいそうだった。

 全体的にはよく手入れされており、小奇麗と言えるだろう。一目見て特徴的なのは、丘の斜面に段々畑のように整地された敷地が上下にはっきりと二分されており、高い位置の区画にある墓石は一様に古く、低い方のそれは比較的新しいものが多いことだった。
 墓地の入り口と駐車場は高い区画の側にあり、そこに立つと敷地全体を見降ろすような形で一望できた。
 駐車場には健吾らが乗ってきた軽自動車の他に車はなく、墓地を見渡しても人影らしきものは見当たらない。

「さ、行きましょう。たぶんあっちの方よ」
 珠希が、車内から持ち出したおっさんくさい手帳を開いて確認しながら歩き出す。
 駐車場から出ると、そのまま高い区画につながっている平坦な通路と、低い区画へと続く緩やかな石段があった。
 珠希は石段の方へと足を運んでいく。

 後に続く健吾は、石段に足を掛ける前に、一度振り返った。
 この墓地に着いてから一番気になると言うか、何とも表現しがたい気分にさせる光景がそこにあった。

 それは、墓地のすぐそばまで張り巡らされているフェンス。
 その向こう側は雑木林になっているが、木々はまばらで間隔が広い。その幹や枝葉のすき間から、ここより少し高い位置に、先ほどとは角度が違うが見覚えのある建物を見て取ることができる。
 つまり、フェンスの向こうは丘の頂上部へと続く『一ノ塚病院』の敷地なのだろう。この墓地は、病院の裏に隣接しているのだ。

「やっぱり気になる?」
 数メートル先で立ち止まった珠希が声をかけてきた。
「うん、まあ、あまり見たことのないロケーションかなあって思って・・・・」
「確かに病院のすぐ裏が墓地って、あまり良い印象にはならないかもね」
 苦笑しながら珠希は健吾の傍まで引き返して来た。「早く来い!」と叱られるかと思ったが、そうでもないらしい。

「この丘には昔、お寺が建っていたって話、したかしら」
「うん、明治の頃に取り壊されたとか」
「そう。ここはその名残り。元々はお寺の墓地だったらしいわ。当時はもっと広かったんでしょうけどね。一部の檀家が石材業者と協力することに成功して、なんとかこの区画だけ存続させたって話よ」
「あっ・・・・じゃあ、あの辺りの墓石が古いのは、そのためか」
 健吾は、高い位置の区画にある古い墓石群を指差した。
「そう。あれは昔からあるお墓ってことね。そしてしばらくしたら、何でか寺の跡地に病院が建つことになったってわけ」
「なるほど・・・・墓地が先なんだ」

「それで、こっちが――」
 珠希は低い位置の、新しい墓石が多い区画の方を向いた。
「――二十年くらい前に敷地を拡張したエリアね。これが出来たときに今の『メモリアルガーデンヒル』っていう長ったらしい名前になったみたい。それ以前は『一ノ塚墓地』って呼ばれてて、『一ノ塚病院』と名前が似通っていることもかなり不評だったらしいわ」
「へえ・・・・でも、随分詳しいんだね」
 健吾が感心すると、珠希は少し得意げに微笑んだが、すぐさま首を左右に振り、その感想は妥当ではないという態度を示した。

「この街に古くから住んでいる人たちなら、程度の差こそあれ皆知っていることよ。私は市内在住じゃないから全然知らなかったけどね。今回の件で、瑞奈ちゃんのことを尋ねるついでに、パパにさんざん聞かされて、無理矢理詳しくさせられたのよ。ほんと、無駄に時間を費やしただけでなく、余計な知識を詰め込まれて脳の容量を食われちゃった気分だわ」
「そ、そうなのか――」それは、歴史好きの健吾にとっては、少々残念な台詞だった。
「――僕は面白い、と言うと語弊があるかな――興味深い話だと思ったけど」
「そうよね。健吾くん、大学で歴史専攻なんでしょ? こういう話って好きなのかなあって、ちょっと思ったりしたから話してみたんだけど。あ、でもこういうのは学校で教わる歴史とは違うのかな」
「かもね。でも僕は郷土史とかとても好きだから、もっと色々聞いてみたいくらいだよ」
「それなら良かったわ。あーすっきりした」
 大きく伸びをしながら独りごちる珠希。

 ――何故、すっきり? 
 首を傾げる健吾に、珠希は上機嫌に笑ってみせた。

「私はあまり興味ないよのね、こういう話。でも情報収集のためとはいえ時間を割いて聞いたんだから、このまま本当に無駄で終わらせちゃうのもなんか悔しくて。せめて何か活用方法ないかなあと考えていたら、ふと思い出したのよ――そういえば、歴史好きな従兄妹がいたっけ――って。だったらそいつに伝えて、何かに使ってもらったりすれば、少なくとも全くの無駄、ということにはならないでしょう?」
「え? ああ、まあ、そうなのかな・・・・とりあえず、ありがと・・・・う?」
 どういう理屈なのか、健吾には全く理解できなかった。それでも珠希はどうやら今の話で何やら納得がいったらしい。ここは四の五の言わず、とりあえずそっとしておくのがいいのだろう。

「あ・・・・のう、難しいお話し、まだ、続くんでしょうか?」
 胸元から途切れ気味の声がした。
 瑞奈が少し辛そうな表情で健吾を見つめていた。ノインの背中から生えた首が、根元から左右にふらふらと揺れている。

「ど、どうしたの? 気分悪くなった?」
「あ・・・・あぢゅぃ、ですぅ」
 少し傾きかけてはいるが、まだ充分に強力な日差しと猛暑に晒されていることにようやく思い至った。それは健吾も珠希も同様ではあるが、もともと異様に痩せて色白の瑞奈が、遥かに虚弱であっても不思議ではない。

「あ、そうだ。ちょっと待ってて」
 その様子を見て、珠希は駆け足で車に戻り、日傘を取ってきた。
「車に置いてあるの忘れてたわ」
 傘を開き健吾と珠希が相合傘をするように並び立つと、瑞奈も日陰に入った。暑さは変わらないが、幾分かは楽になるだろう。
「もし誰か来たら、この傘で隠せるし、便利ね。ごめんね瑞奈ちゃん、ちょっと長話が過ぎたわね。さあ行きましょう」
 珠希は軽く瑞奈の頭を撫で、墓地の石段を下り始めた。


 それほど広い敷地ではないが、一つひとつのお墓のサイズは割と小さいものが多く――もっとも、今どきの都市部の墓地であれば、普通なのかもしれない――数は存外多いようだ。
 珠希は片手に日傘、片手に開いた手帳を見ながら、通路を奥の方へと進んでいく。
 ちょっとだけ覗いてみると、解読不能な文字と一緒に、大雑把なこの墓地の見取り図のようなものが書いてあるようだった。そしてその図面の端の部分に何かマークしてあるのが見えた。

「おそらく、一番奥の方みたい。墓地の拡張が二十年前で、瑞――彼女の物が十年前に建ったとすれば、もうスペースはその辺りにしか残ってなかっただろうってさ・・・・パパが」
「見た感じ、もういっぱいで空きはなさそうだね。人気があるのかなあ」
「実はここが市内で唯一の墓地なのよ。病院の裏とか、色々いわくつきのイメージもあるけど、お参りの利便性を考えるとそれなりにね・・・・って、パパが」

 もう情報源が康則叔父であることは十分承知している。それに、それを恥じる必要も全くない。なのに、いちいち同じ語尾を付け足すのが、かえって「今更な」感じを助長しているようで、健吾には可笑しくてたまらない。
 そんな空気を読みとったのか、珠希は少し頬を膨らませながら続けた。

「どういう経緯か分からないけど、墓地の拡張の際にパパが半ば商売抜きで結構係わったらしいわ。だから、あの人はこの墓地に詳しくて、誰のお墓があるか、全部把握しているのよ」
「そういうことか。でも、あの叔父さんが商売抜きっていうのは――」
「当時はまだ駆け出しだったんだし、将来のために地元とのパイプを作っておこうとか、そんなところね」
 ばっさりと言い切る珠希に、健吾は内心苦笑した。
 実は「存外義理堅いところもあるね」と続けようとしていたのだが、彼女はそのように受け止めてはいないらしい。もっとも、康則叔父の真意は健吾にも知る由はないので、ここは黙っておくことにした。

「ところで瑞奈ちゃん、念のために確認しておくけど、ここに見覚えは、ある?」
 そろそろ目的のエリアに入るのでは、という地点で、珠希は一旦立ち止まって尋ねた。
「あ・・・・えっと、ありません」
 弱々しく瑞奈は答えた。
 心細いのか、暑さのせいか、それとも何かを感じ取っているのか、健吾には判断できない。
 珠希は一瞬だけ眉間に皺を作る。それは別段、今の回答に不満だということではなく、相手を注意深く観察するときの癖なんだと健吾は理解するようになった。ただ、そんな怖い顔で見つめられるものだから、瑞奈は申し訳なさそうに委縮してしまう。
「さあ、行こう」
 健吾ができるだけ明るく両者に声を掛けると、珠希は無言で頷き、瑞奈は短く「はいっ」と返事した。

     *

「さあ、この辺りよ。ここからは一つひとつ見て探すことになるわ」
 本当に敷地の端の端といった一角に、細い通路に囲まれた墓石群があった。数はざっと二十ほどなので、すぐに見つけられそうだ。

「でもその前に――」
 珠希は健吾の耳に唇を寄せ、瑞奈には聞こえないように小声で話しはじめた。
「――あなたが土壇場でうろたえると困るから、今のうちに言っておくわ。自分のお墓を見ると、死をすんなり受け入れられるようになっていきなり成仏する事って、よくあるの。だから、瑞奈ちゃんにもその可能性があるわ。もしそうなったら、絶対に引きとめちゃ駄目よ。わかった?」
「え・・・・?」
 驚く健吾に、珠希は少し語気を強めた。
「また急にそんな話しを、どうして前もって――なんて思っているでしょうけど、理由があるの。それは全部済んだら話すわ。納得できない、約束できないなら、あとは私が一人でやるから、駐車場に戻って待ってなさい」
「・・・・・・・・わかった。約束するよ。ここまで来て引き返せないよ」

 できるだけ平然と答えようとしても、声の震えが止まらなかった。
 何も聞こえていないはずの瑞奈が不思議そうな顔で健吾を見上げてきた。おそらく、急激に強くなった鼓動が振動となって伝わったのだろう。

 実は、少しばかり今日のドライブを楽しんでいる自分がいた。
 外出が叶い、大喜びする瑞奈を見て、自分も嬉しかった。
 当初珠希は「手掛かりが見つかるかも」と話し、それを鵜呑みにしていた。そして何か見つかればいいけど、たぶん見つからないだろうな――と何の根拠もなく高をくくっていた。

 ――もしかしたら今、ここで瑞奈がいなくなってしまうかもしれない。
 それは何の心の準備もできていない自分、これまでの生活に慣れ過ぎて、半ば遊び気分になっていた自分への大きな仕打ちのように感じられた。

「じゃあ、探しましょう」
 少し無機的な珠希の声が遠くに聞こえる。
 どうせなら、叔父さんの情報は誤りで、今は見つからない方がいい。今は困る。そんな考えが何度も頭をよぎった。
 そんな健吾の独りよがりの虚しい願望は、ものの数秒で打ち砕かれた。
 珠希と並び、数歩歩いた所で、視界に「雪」の字が飛び込んできた。
 目的の墓石は、ほんの数メートル先にあったのだった。

     *

 墓石についての知識は健吾にはない。背が低く、台石の上に横長の石が乗っていることから、洋型であろうということくらいだった。
 小さなスペースにぽつんと立つ石は、他の墓石と比べて特に目立った所もないので、まあ普通な感じなのかな、という印象だった。

 やや緑がかった濃いグレーの石は薄っすらと埃を被っているように見えた。しっかりと水で洗って磨けばきれいな深い光沢を帯びるのかもしれない。香炉に灰はなく、水鉢も空で底には少し雨水が溜まっていた。荒れているわけではないが、最近誰かが訪れたような形跡は見あたらない。
 正面には「雪家」と大きく深く刻まれている。
 雪、という姓からしてまず間違いないだろうが、それでも健吾は周囲の墓石を全て確認してみた。やはりここが正解らしい。

「お墓、少しきれいにした方がいいのかな」
 積極的な提案ではなく、墓石を見た感想としての言葉が自然と漏れた。
「気持ちは分かるけど、時間がないから、また今度ね」
 答えながら珠希は墓に近づき、何やら確認作業を始めた。
 閉園時間が近いらしい。夕刻、いわゆる「逢魔が刻」の墓参は良くないという習慣は健吾も聞いたことがある。いつでも入れる所もあるが、夕方の四~五時の時間帯で閉まる霊園も珍しくない。

「あったわ、健吾くんも見る?」
 珠希は、石碑の脇に立ててある石板を指した。「墓誌」と書いてあった。
 健吾は一歩踏み出したが、両腕に瑞奈を抱えていることを思い出した。

「あ、瑞奈ちゃんが・・・・」
「いいわ、彼女にも見てもらいましょう。瑞奈ちゃん――」
 珠希は健吾と場所を入れ替わるために、数歩下がりながら声をかけた。それは少し控えめで、少し震えているように聞こえた。
「――わかるかしら。これが・・・・これがあなたのお墓よ」

 石板に刻まれていたのは一行だけだった。戒名と思しき漢字の羅列、そしてその下に続く、十年前の九月一日の日付、俗名瑞奈、行年十四歳。

 健吾はただ黙って墓誌を見つめ続けた。間違いなく瑞奈の墓だった。
 以前本人から聞いた通り、十年前に死んでいた。九月一日が命日だということも判った。
 それでもどこか、実感が伴わない。
 瑞奈は確かに十年前に死んだと、頭では理解できている。でも今、現実に健吾の両腕の中には「瑞奈」がいる。首が取れたり猫と合体したりと尋常ではないが、普通に話すし、お菓子が好きでよく食べるし、こうして触れることもできる。そのあまりにも生々しすぎる存在感は、目の前の「死の証」こそがまやかしではないかと思わせるほど、健吾を混乱させた。

「あう・・・・」
 しばらくして、腕の中の瑞奈が擦れたような声を出した。
 透かさず珠希がすぐ傍まで寄り、様子を窺う。
 瑞奈は両目を大きく開き、ほとんど瞬きもしないで墓誌と、墓石全体を何度も見まわした。

「このおはか・・・・ここに、わたしの名前が・・・・書いてあります」
「そうよ。あなたのお墓だもの」
 珠希がきっぱりと、強い口調で告げると、瑞奈は再び「あううぅ」と口ごもってしまった。
「あの、瑞奈ちゃん動揺してるみたいだから、もうちょっと優しくした方が――」
「そうもいかないのよ! ここで瑞奈ちゃんが逃避に走って全否定したら、とても厄介なことになってしまうわ」
 唐突に苛立ちをみせた珠希の態度に驚き、健吾は何も言えなくなってしまった。
 動揺しているのは、むしろ健吾自身だと、とうに見抜かれている。

 墓を目の当たりにして、改めて瑞奈が死んだという現実を突きつけられた。しかも、成り行きによってはここで瑞奈が成仏――消えてしまうかもしれない。
 一体自分はどうすればいいのか、すっかり心が乱れ切ってしまって、何も考えられなくなってしまっていた。

 落ち込んで俯いていると、いきなり肩に強い衝撃が走った。
「もう、しっかりしてよ!」
 びっくりして顔を上げると、すぐ前で珠希が思い切り右手を振りぬいていた。
「あなたは・・・・・・・・もう、いいわ」
 珠希はぷいっと横を向いてしまった。

 ――そうか、そうだった。
 いきなりではあったが、健吾はついさっきちゃんと「約束」したのだ。にも関わらず、動揺し、迷っていることに対して珠希は怒っている。
 今しがた彼女が言いかけた言葉は、「あなたは、何を勘違いしているのか」だったのかもしれない。
 健吾が今ここでやるべきは珠希に協力することであって、瑞奈を庇うことではないはずだ。自身の感情に押し流されて、瑞奈に同情し庇うことは、結局彼女をこの先も現世に縛り続けることになる。

 ふと、珠希が初めて瑞奈をいじめて泣かせたときの台詞が脳裏に甦った。
『あんな可愛い女の子っていうのは反則よ。あのコ泣かせた罪悪感で私、胸がつぶれそう』
 そうなのだ、きっと珠希も辛いのだ。そこを心を鬼にして我慢しているのだろう。ここにきて、今更動揺したり混乱したりしているようでは、ダメなのだ。

 健吾は大きく深呼吸をして息を整えて、まず珠希に向かって言った。
「ごめん、もう大丈夫だから」
 そっぽを向いていた珠希の顔が、ゆっくりと戻ってくる。視線が合うと、小さく「ふう」と息を吐き、数回頷いてくれた。

 それから、ゆっくりと頭を撫でながら、微笑みと共に瑞奈に優しく語りかけた。
「瑞奈ちゃん、慌てなくていいからね、何か思い出したら言ってみて」
 そう、いつかテレビの前で泣きじゃくってた時のように――。

「ぷぷうっ」
 と吹き出し、肩を大きく揺する珠希。
「に、にあわねー」
「う、うるさいっ!」
 なんだよ! せっかくやる気を出したのにーーーー。
 恥ずかしさのあまり、健吾の全身から汗が吹き出した。


 異変に気付いたのは、その時だった。
 腕に、汗とは違う濡れた感触があった。自分の皮膚から滲み出るのではなく、水滴が落ちて、腕に当たっている。
 珠希も察知したようで、少しだけ砕けていた表情がすぐに引き締まった。

 健吾の腕を濡らしたのは、涙だった。
 瑞奈が、泣いていた。
 いや、泣く、という表現が合っているのか分からない。瑞奈はじっと墓を凝視し、大きく開かれた両目から涙が零れていた。ただその顔は全くの無表情で、感情というものを読みとることができなかった。
 彼女が感情を大きく揺さぶられると、周囲に冷気が発生するはずだが、今はそうした現象も起きてはいない。

「み――」
 心配のあまり健吾が声をかけようとすると、珠希が右手の人差し指を唇の前に当てて、それを制止した。もうしばらく様子を見たい、ということらしい。

 しばしの沈黙が流れた。
 実際には、ほんの十秒程度だったかもしれない。しかし健吾には何時間にも感じられる、長くて、そして辛い沈黙だった。瑞奈に何があったのか、一体何が起きようとしているのか、胸騒ぎが止まらない。
 ――もしかしたら。
 その時が来たのかもしれない。覚悟を決めなければいけないのかもしれない。
 健吾は内に湧き起ころうとしてくる様々な感情と衝動を抑え込むのに必死だった。

「わた、し・・・・」
 やがて沈黙を破った瑞奈は、無表情のままとは言え、流しっぱなしだった涙のせいで、鼻声になっていた。
 健吾はごくっと唾を飲み込み、続く言葉を待った。

「わたしの・・・・これ、本当に私のお墓・・・・なんですよね」
「うん」「そうよ」二人の声が重なる。

「そうか、私のお墓・・・・私、やっぱり死んだんですね」
 健吾には、返事を躊躇わせる言葉だった。
 しかし珠希には迷いがない。
「そうよ、あなたは死んだわ。でもそのことは、既に自覚していたはずよ」
「そう、ですね。そうでした」
 瑞奈の声には力がなく、ひとり言のように聞こえた。

「私は幽霊なんだって思ってました。死んだって感覚が分からなくて・・・・ただ、幽霊なんだろうなって、思ったんです。もちろん、死んだから幽霊なんですけど・・・・ごめんなさい、何を言っているのか、わかりませんよね」
「ううん、いいのよ。思ったままを言って」
「こうしてお墓を見ても、よく分からないんです。分からないんですけど、それでもやっぱり死んだんだって、思います。そう思うことにします。でも――」

 瑞奈を中心に、ほのかな冷気が生まれ始めた。
 両目からただ流れ落ちるだけだった水分も、この時から感情を伴った本当の涙へと変わったように見えた。
 それはたぶん、戸惑いと悲しみとが絡み合った、複雑な気持ち。彼女以外の者には理解できないような、孤独で辛い気持ちなのかもしれない。
 そんな瑞奈の感情が生みだす冷気が健吾らを包みこみ、夕刻が近づいてなお衰えない午後の猛暑を和らげてくれる。まるで彼女の辛さを代償として快適さを得ているみたいで、皮肉を通り越して残酷とも思える現象だった。

「――それなら私、どうして死んだんでしょうか」
 珠希はゆっくりとかぶりを振った。
「どうして私、幽霊なんでしょうか」
「・・・・その答えは、全てあなたの中にあるのよ、瑞奈ちゃん」

 瑞奈は黙り、俯いてしまった。止まることのない大量の涙が、健吾の腕と地面を濡らしていく。
 珠希がそっと、瑞奈の頭を優しく撫でた。
 いつの間にか、珠希の両目も充血していた。

「あ・・・・たまき、しゃん」
 何かを思いついたように、瑞奈は再び口を開いた。
「なあに?」
「わたしも・・・・さっきの健吾さん・・・・キザったらしくて似合わないと思いました」

「は?」
 予想を超えた、いや外れた話の方向転換に、健吾はついて行けなかった。
 ――えっと、突然何を言われたのでしょうか。

「それに――」瑞奈は容赦なく続けた。
「頭を撫でる手が、今の珠希しゃんと比べるとちょっとだけえっちぽかったです」

「えっと、み――みずな・・・・ちゃん?」
 健吾も少しだけ泣きたい気持ちになってきた。
 すぐ横では珠希が腹を抱え、小刻みに震えている。
「こ、こ、こんなときにまで・・・・他人に気遣いできるなん、て・・・・み、みずなちゃん、あなたってひとは・・・・あはははは」
 それ以上、言葉にならないようだった。

 ――いや、今の発言は僕的には気遣いとは程遠いと思うのですが。
 そんな空気の読めない主張は、どうやら通りそうもない。
 火照る顔を西日で焼いてしまいたかった。だが、日傘のお陰でそんなささやかな願いも叶わない健吾だった。


(次話につづく)

※また長いです。良く見たら前回も相当長かったですね。今回はさらにちょっとだけ長くて、最長かもしれません><
分割も考えましたが、以前「後編1」「後編2」のように分けてみて、あまり良くなかったという印象があるもので、一括掲載にしました。読まれる際にはかなりご負担をおかけすることになり、申し訳ありません。
今後もよろしくお願いいたします。



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