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「犬の肉球ブログ(連載中)」
【蓮編】 三 パピヨンの憂鬱

犬の肉球ブログ 蓮編三 パピヨンの憂鬱 第六話・その二

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三 パピヨンの憂鬱 第六話・その二

「何なんだこいつ。いまさら何を考え込んでるってんだ」
 幸秀は画面の向こうの亜衣に当てつけるように、少し大きい声で言った。
「それは当人にしかわからないすけど、ブログ主が偽者かどうかで考え込んだり悩んだりしているようには見えないっすね。もともと、フレンドリーなコメントが書かれたら偽者だって助言してくれたのは亜衣さんっす。予めメールでも伝えてあるんだし、ここで答えに窮するのは変だと思うっす」
「じゃあ、みっさーは何だと思う? あてずっぽうでもいいからさ。みっさー、勘鋭いしな」
「さあ・・・・そう言うヒデにぃは何だと思うっすか?」
「わからん」
「じぶんもわからないっす。ちなみになるネェはどう思いますか」

 美沙に訊かれて、成美は少し戸惑い気味に口を開いた。
「私にもわからないけど・・・・ただ、亜衣ちゃんって、結構頑固なところあるでしょう。ここでブログ主が偽者だと認めたら、昨日の亜衣ちゃんの考えは誤っていたことになるわ。だからもしかしたらこのまま、だんまりを決め込むつもりじゃないかっていう、嫌な予測が今、頭の中で渦巻いてるわ」
「むむう」美沙は唸った。反論しないところを見ると、あり得るということだろう。

 蓮は改めてディスプレイに映る亜衣の姿を見た。目を閉じ、腕組みした姿勢を保ち続けている。これはライブ映像ではなくて、静止画像を貼りつけてあるのではないかと思えるほど、動かない。
 本当にこのまま沈黙を保ち、こちら側が諦めるのを待っているのだろうか。しかしそう考えると、腑に落ちない部分もある。蓮は思うままを口にしてみた。

「今、僕らがこうしているのは、亜衣さんから指示があったからだよね。もちろん、こちらからラブコールしたんだけど、亜衣さんはそれに応えてくれたということだと思う。初めから何も話す気がないなら、わざわざ呼び出したりしないで、僕たちなんて無視すればよかったんじゃないかな」
「金のためだったりしてな」幸秀が冷酷な切り込みを入れてくる。「今こうして繋がっているだけでも、どんどん課金されてるんだぜ。こちらが連絡取りたがっているのを利用して、稼ごうとしてるのかも。じっとしてればいいんだから、楽なもんだぜ」
「そんな・・・・」まさか、とは思うが、蓮には否定もできなかった。
「ヒデにぃさん、意地悪っすね。そんなひねくれもんは、あっちで筋トレでもやっててください」
 幸秀の発言は、美沙の神経も逆撫でしたようだった。

「でも、少しだけわかったことがあるわ」
 成美が亜衣の姿をじっと見つめながら、呟いた。全員が一斉に注目する。
「こちらはもうそろそろ限界、ということがね。美沙ちゃん、提案があるんだけど――」
「あいー。こうなったら、こちらから話しかけでみろ、ということっすね」
「あら、わかってたのね」
「あいー。リラックスタイム終了っす。では〝鳴かぬなら鳴かせてみせよう作戦〟開始っす。というわけで、カレシさん出番よろしくっす」
「え、僕が?」
「じぶんと一緒に。たぶん亜衣さん、カレシさんへの当たりが一番柔らかい気がするので、援護射撃よろしくっす」
 蓮の心の準備の具合などは一切無視して、美沙は手早くマイクをオンに切り替えた。

「亜衣さーん」
 美沙が呼びかけると、亜衣はゆっくりと両目を開いた。
『マイクを切って、何やら楽しそうに騒いでたね』
「うぐ、もしかして、薄目で見てたんすか」
『いや、薄目ではなくてぱっちりと。あんたらが隙だらけで、あまりこっちを見てなかっただけだろ』

 亜衣があっさりと口を利いたので、蓮はちょっと拍子抜けした。
「もしかしたら、話しかけられるのを待っていたのかしら」
「いや、黙っているのに飽きてたんじゃないか」
 などと、少し離れて座った成美と幸秀も囁き合っている。

「では、話の続きですう。で、どうですか、さっきの件、ずばり言って」
『・・・・』
「うぐ、ここでだんまり、ですかあ」
 亜衣は反応しない。このままでは堂々巡りだ。「亜衣さーん」と美沙は呼びかけながら、肘で蓮をつっついた。慌てて蓮も口を開いた。
「あ、あのお、亜衣さん。僕です」
 一瞬だけ、亜衣の眉間に深い皺が刻まれた。
『蓮くん、だよね。覚えてるよ』
 美沙がこっそりと、拳を握りしめてガッツポーズを作った。そのまま話を続けろ、と目で合図を送ってくる。
「あの、お願いします。美沙ちゃんの質問に答えてくれませんか」
 すると、亜衣は再び黙った。
「亜衣ちゃん、どうして黙るの?」
 いつの間にか成美がすぐ隣に来ていた。
『誰だっけ、そっちの男』
 亜衣はとぼけたように、成美と一緒にやって来た幸秀を指して言った。

「どうやら、ブログの件以外のことなら、ちゃんと話してくれそうっすね亜衣さん。どうしてっすか。じぶん、すごく気がかりになってきてます」
 美沙の表情はかなり険しいものになっていた。
「それって、偽者だと認めたくないってことですか。それは意地っ張りだからですか。それとも、別の理由で答えるのを避けているってことですか。避けているということは、話したくないか、話せないかのどちらかではないですか。話せないということは、何か事情があってのことじゃないですか。事情があるということは、何か知っているということではないですか」
 美沙が畳みかけるように追求する。少々支離滅裂ではあったが、相手を圧倒するには効果があったようで、亜衣は降参、といった体で両手を上げて美沙を制止した。

『わかったわかった。じゃあ、ブログのことを話そうか。私は昨日も言ったはずだよ。フレンドリーなコメントが返ってきたら、偽者だろうって。だからあんたらは、偽者だと思っているんだろう。だったらそれで決まり、でいいじゃないか。今更私の意見を求めて、どうするつもりだよ。仮にだよ、私がここではっきりと〝あれは絶対に偽者だ〟と保証したとしよう。そうしたら何が変わる? 美沙、蓮くん、それに成美に謎の男子、次にあなたたちはどうするつもりなんだ?』
「それは・・・・」
 成美が言い返そうとして、詰まってしまった。

 蓮も理解した。そう、亜衣の言う通りだった。偽者だと確信したところで、桃子についての具体的な手掛かりが得られるわけではない。やれることと言えば、美沙の宿題、つまり元彼の振りを続けて、なんとか情報を引き出すくらいしかない。
「亜衣さんきついっすね。でも言わせてください。話がそれてますよ。質問を質問で返すような真似はやめて、まずは答えてほしいっす。センパイのことは、亜衣さんが一番よくわかっていますから。亜衣さんの考えに頼りたいっす」
 美沙は食い下がる。その様子を見て蓮は思い出した。
 美沙は言っていた。亜衣が動いてくれれば強力な助っ人になる、逆に協力を拒めば手詰まりになると。美沙にとって重要なのは答えの内容ではない。亜衣そのものが頼みの綱なのだ。その美沙に頼りっぱなしの自分自身にとってはどうなのか。そんなことは、考えるまでもない。

「亜衣さん、お願いします!」
 蓮はパソコンに向かって深々と頭を下げた。
『ちょっと、蓮くん、何を――』
 いきなりのことに、亜衣は面喰らったようだった。
「亜衣さんの言った通り、ブログの主が偽者だと判明しても、正直なところ、何をどうすればいいのかわからない。でも本当に偽者だったら、桃子さんは今、普通の状態じゃないことだけは確かなんだ。もしかしたら危険な目にあっているかもしれない。でも何の手掛かりもないんだ。実は、もう僕たちだけでは行き詰りかけているんだ。だから、だから、亜衣さん、お願いだから、助けてください。力を貸してください」
『・・・・なんだか、昨日と同じ展開になってきちゃったね』
 亜衣が苦笑交じりに言う。
「私からもお願い」今度は成美が頭を下げた。
「俺もお願いするよ。何でもするからさ、親友の頼みを聞いてやってくれないか」幸秀も続いた。
『親友とは、また化石のような言葉を引っ張り出したもんだね』
 軽口を叩いてみせる亜衣は、なぜかそっぽを向いている。
「亜衣さんとセンパイも、親友じゃないすか」
 美沙の問いかけに、
『親友〝だった〟かな』と亜衣はそっけなく答えた。少し鼻声になっていた。『親友だった。そう、大切な人だったのに・・・・』
「亜衣さん?」

 亜衣は少しの時間、何かを呟いていたが、聞き取ることはできなかった。そしてティッシュを取り出して鼻を拭いて、一回ゆっくりと深呼吸をしてから、改めて正面を向いた。
 そこには、ついさっきまで蓮が微かに感じていた硬さも力みもなかった。極めて平静で自然体の亜衣は、今までの亜衣とはまるで別人のようだった。知性と用心深さを併せ持つ整った顔つきは、輝きを放つわけでもなく、かと言って闇に沈むでもない。その透き通った肌は水のようであり、輪郭が描く滑らかな曲線は、穏やかな流水を思わせた。桃子や成美、美沙とは全く趣を異にする、溶け込むような美しさというものがあることを、蓮は初めて知った。

『蓮くん』亜衣が静かに口を開いた。『君はホントにどうしようもないね』
「え?」蓮は何を言われているかわからなかった。
『ごめんなさい、蓮くん』
「亜衣さん?」
『蓮くん、どうか桃子を助けてあげてね』
 そう言うと、亜衣は突然落ちた。
 真っ暗になったチャット画面の前で、四人は固まってしまった。


(第七話につづく)


※もう半月経っていますが、これが今年最初の更新になります。
本作に至っては、実に三か月ぶりくらいでしょうか><
家の状況も多少は落ち着いてきていますが、今後も中々ペースは上げられない雰囲気ですので、のんびりとやっていこうと思います^^
 ということで、どんどん亀になりますが、今年もよろしくお願いいたします。



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