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蓋 (二)

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(二)

 包丁で指を切ってしまった。
 怒りが込み上げてきて、手にしていた皮をむきかけの桃を、床に叩きつけた。
 粘着質で不愉快な音とともに、果肉が潰れて汁が飛び散り、台所が甘ったるい臭いで充満する。いかに果実が新鮮であろうとも、こうなってしまえば腐臭となんら変わりない。

 まったく、何もかも調子が狂っている。
 普段滅多に触ることのない包丁を使おうとしたからこうなったのだ。
 実家の母が珍しく桃なんか送ってくるからこうなったのだ。
 桃の果肉があんなに滑るなんて知らなかったからこうなったのだ。
 やはりピーラーは見つけておいた方がよさそうだ。

 足元にだらしなく広がっている果汁に、赤が混じっていた。
 どうやら思ったより深く切ってしまったらしい。指からは今も血が滴り落ちていた。
 まずは、絆創膏か。

 今日も探し物だ。
 毎日、一回は何かを探さねばならない。あの日以来、それが私の日常になった。
 あの忌々しい時から、私の何かが狂いっぱなしなのだ。

     *

 あの日――。
 あの人と会うのは、半年ぶりだった。
 急な転勤と日々の雑多な業務に忙殺され、こちらから会いに行くことも、あの人が戻ってくることも叶わず、年末年始の休みになってようやく時間を作ることができた。

「ゆっくりと話がしたい」
 あの人は携帯越しに、そう望んできた。
 私に異論のあろうはずがない。久しぶりに会える喜びと相まって、自然とある想像が脳裏に浮かんできた。
 交際を始めてからもう二年が経とうとしていた。だから、そろそろ先に進んでもいいのではないか。話とは、そういうことではないだろうか。
 この半年間会えなかった分、愛情が育まれ、互いをより強く求めるようになったのだとすれば、二人を隔てた時間と距離も愛おしいものに思えてくる。
 期待に胸を膨らませるあまり、私は普段なら到底口にしないであろうことを、その場の勢いで提案してしまった。

「手料理をご馳走するから、アパートに来てほしい」
 あの人は少し戸惑ったようで、そこまでしてもらうのは申し訳ない、という態度を示したが、私も自分から言い出した以上、引き下がるつもりはなかった。
 半ば無理矢理に承知させて携帯を切った後、私は事の重大さに改めて思い至り、目まいを覚えた。

 実は、料理の経験など皆無だったのだ。
 一人暮らしを始める際、一通りの調理器具は揃えたが、使ったことがあるのはせいぜい電子レンジと湯沸かしのポットくらいだった。
 しかし、うろたえている時間はない。あの人が来るまでに、何とか体裁を整えなければならなかった。
 アパートを飛び出し、まずは書店で簡単そうな料理の本を選び、メニューを決めて、スーパーで必要な食材を手に入れた。

 もうあまり時間がない。
 帰宅すると息を整える暇も惜しんで料理に取りかかった。
 ご飯を炊き、味噌汁を作り、時間がかかりそうな煮物は避けて、炒めものと、あとは玉子焼き。それにスーパーで購入した漬物を少々。
 自分でも正視できないほど危なっかしいと自覚する手つきで切った野菜は、歪(いびつ)でみすぼらしかった。玉子焼は失敗の連続で諦めるしかなかった。
 ここにきて、年末という季節がら、鍋料理にするという選択肢があったことにようやく気づいたが、後の祭りだった。

 炊飯器が炊きあがりを知らせるアラームを鳴らしたのは午後七時。
 そろそろ約束の時間だ。
 見てくれは如何ともしがたいが、何とかそれらしきモノは用意できた。匂いも悪くない。
 ちゃんと食べてくれるだろうか。味は美味しい、いや、せめて普通だと言ってくれるだろうか。不安と期待で胸が高鳴った。


 あの人は時間通りにやってきた。
 なんとなく落ち着かない気持ちで扉を開けると、正面にあの人が立っていた。
 背後から、真冬の切り刻むような風が部屋の中に吹き込んでくる。
「寒いから、早く入って」
 おそらく、私はそのようなことを口にしたと思う。
 あの人は、玄関に足を踏み入れようとはしなかった。
「一体どうしたの?」
 私は問いかけたはずだ。
 あの人は一歩も動かず、静かにゆっくりと、しかしはっきりと私に告げた。
「別れて欲しい」

 そこからの記憶が、ひどく曖昧だった。
 気がついたら、あの人はどこにもいなかった。
 開けっぱなしのドアから容赦なく風が吹き込み、部屋は冷え切っていた。
 私は台所の床に、腰を抜かしたようにへたり込んでいた。
 辺りには、粉々に砕け散ったガラス、凹んで穴があいた壁、叩き割られた皿、ひっくり返ったテーブル、ぶちまけられ踏みにじられた料理の残骸が、無秩序に散乱していた。
 そして床や壁には所々、赤黒い染みがついていた。
 それは、血だった。
 私の両手は、血だらけだった。

     *

 年が明け、幾日かが過ぎて年始の休みも終わろうとする頃、部屋は片付いていた。
 いつ片付けたのか、全く覚えていなかった。誰かがやって来て勝手に掃除してくれるわけもないから、自分でやったことには違いないのだろう。

 ただ、物の配置が滅茶苦茶だった。
 一見すると、すっきりと整頓されているように見えるのだが、冷蔵庫に歯ブラシが置いてあったり、押入れの布団の間にまな板が挟まっていたりと、とにかくデタラメで、何がどこにあるのかわからなくなっていた。
 その日から、事あるごとに部屋で探し物をするのが日課になってしまった。

 あるはずの物を見つけ出し、あるべき所に納める。その宝探しとパズルを合わせたような作業を一つひとつこなす度に、私の心も少しずつ平静を取り戻していくようだった。

 今日は、靴箱の中から絆創膏を、トイレの貯水タンクの中からピーラーを発見した。
 この部屋のパズルが完成すれば、心も元通りになるのだろうか。

(そんなことはあり得ない)
(あれを見てみるがいい)
(パズルが完成することはない)

 はかない望みを抱く私をあざ笑うかのような声が、何処からともなく聞こえる。
 その声が示すのは、居間の、テレビの前に置かれた物。スイカがすっぽりと入るくらいの大きさのそれには、しっかりと蓋がしてある。
 当然のように置いてあるが、そこがあるべき所ではない。
 一体どこがあるべき場所なのか、わからない。
 パズルが完成することはない。

「開けてみればわかるよ」
 蓋は今夜も語りかけてくる。


(つづく)


※第二話となります。順調ですが、最近涼しいですね。このまま夏は終ってしまうのでしょうか。次回(第三話)は来週の予定ですので、今月はこれが最後になります。


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