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芍薬の部屋(連載中)

芍薬の部屋 話の十 瑞奈(後編)

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「どうして、どうして? ねえどうして?」
「だって・・・・だってだって」
「だってじゃないでしょ、だってじゃなくて、どうしてでしょ」
「そんなこと言ったって・・・・だって」
「だからだってじゃなくて」
「ううう――――っ」
「珠希ちゃん、攻めすぎ」
「はっ!」
 健吾の一言でようやく珠希は我に返った。が、意味不明というか、支離滅裂というか、混沌としたやり取りを経て、瑞奈は頬も両目も真っ赤になってしまった。
「だって、だって・・・・」
 表面張力いっぱいにまで膨れた涙を湛えた瞳でこちらを見据え、声を張り上げた。
「だって、続きが観たいんだもん!」
 健吾はのけぞり、珠希は突っ伏した。

 記憶が甦ったからには、これ以上時代劇観賞会は不要と見なされるのを恐れたらしい。
「そ、そんなことを心配してたの? だ、大丈夫よー、ちゃんと約束は守るから、ね?」
「そうだよ。最後まできっちり観られるから」
 二人して穏やかに諭しても、瑞奈はなかなかに頑固だった。
「はい。最終回を観終わったら、ぼちぼちお話ししますっ」
 そこまで信用されていないのは、少し意外な気もするが。
「だって――先にお話ししちゃうと、きっとお二人はテレビなんかどうでもよくなってしまいそうですし。それに、ほら」
 瑞奈がすっと右手の人差し指を突き出した。
 その先にはじわじわと後ずさりながら、距離を取ろうとしている珠希の姿が。
「あれ、どうしたの?」
 健吾が声を掛けると、珠希は「ぎく!」と妙な声を上げ、それから気まずそうに「あはは」と作り笑いをしながら頭をかいた。
「いやー、何と言うか、ね? 記憶も戻ったことだし、ドラマが終わるまで、私はちょっと別室で休ませてもらおうかと……あ、いやいや、私も続きは観たいんだけど、ほら、ちょっと調べ物もあったりするし」
 なるほど、信用されていないのは、珠希の方だったか。
「せっかくだから、珠希さんも一緒に最後まで観て欲しいです。みんなで観た方が楽しいですよ」
「うっ・・・・」
 記憶という切り札がある以上、もう瑞奈には勝てない。

     *

「あー、せんせいだー!」
 上映を再開するなり、画面に映る斉藤にかぶりつこうとして首を落とす瑞奈。
 珠希の仮説通り、これまでは本当に斉藤の姿が見えていなかったらしい。周囲には甘い香りが充満し、その代わりに冷気は穏やかになり、室内はいつの間にか快適な温度になっている。
 首を拾い、元に戻してやりながら、珠希が尋ねた。
「ねえ、何で彼のこと――画面の斉藤を指しながら――を先生って呼ぶの?」
「はい? せんせいはせんせいだからですよ」
「ふーむ。やっぱり今訊いてもダメなのね。仕方ないわね」

 ようやく観念したように、珠希は画面に向き直った。そのままで嫌々観賞するかと思いきや、たちまちドラマにのめり込んで盛り上がってしまう辺りがとても現金だ。
 ドラマでは池田屋事件の後、長州が京での復権を武力で強行しようして、会津や薩摩の軍と衝突する「禁門の変」が始まっている。珠希はどうやら、深い人間ドラマや陰謀劇よりも、アクション主体のシーンが好みらしい。

 珠希にとって残念なことに、この先こうした大規模な合戦シーンは当分出てこないはずだ。池田屋や禁門の変で新選組は大いに活躍し、その立場は重くなり規模も大きくなっていく。一時期は大名クラスの兵力を有することになるが、そうした全盛期、絶頂期はこの辺りから始まると言っていいだろう。
 しかし、組織が大きくなるとそれだけ内部に問題を抱えることにもなる。特に出身や身分を問わずに入隊できる新選組は、本質的に烏合の衆であるという宿命がついてくる。そんな組織を維持するために必要なのが、破ったら即切腹という厳しい規律であり、その規律を容赦なく断行して「鬼」と恐れられるようになるのが、主人公の土方だ。
 時代は大きく動いているのに、内部では隊士同士の争いや脱走、裏切り、粛正が後を絶たたない。そんなギャップを強調すような演出で、ドラマはますます重くなっていく。

「うう、土方って怖いわね。でも筋が通っているから、嫌いじゃないわ」
 呟くように珠希が感想を漏らすと、
「そうですよねー。きっと土方さんも、つらいんだと思いますよ」
 と、瑞奈が受け答える。二人とも、しっかりドラマを見ているのがわかるが・・・・。
「この、新しく入った伊東って男は好かないわ!」
「私もこの人、策士っぽくてあんまり好きじゃないです」
 という具合に、どうも「好き嫌い」で会話することが多い。そんなやり取りを聞いていると、だいたい好みが判ってくる。瑞奈は気に入っている人物が登場すると甘い香りがするので、なおさらだ。

 珠希の場合は、アクションが好きなせいもあってか、芹沢や原田、近藤などの豪傑タイプが好みらしい。多少乱暴でも、四の五の言わずに豪快に暴れたりするのがスカッとするらしい。
 瑞奈は全く違って、知性的であったり、穏やかで優しい人物が好きなようだ。イノゲンこと井上はその代表のようだし、沖田は戦う時は激しいが、普段は冗談をよく言ったり、近所の子どもと一緒に遊んだりと、明るくて無邪気な一面がある。他にも山南敬助(やまなみけいすけ)という幹部隊士のこともかなり気に入っていることが判明した。温厚で博識で隊内での人望も厚かった山南は、隊のあり方に疑問を抱き、ついに脱走を試みるが捕縛され、切腹となってしまう。

「や、やまなみさん・・・・えぐっ」
 その最期を、瑞奈は滝のように涙を流しならがら観ていた。
 ここにきて、少し気になることがあった。
 健吾が見るに、瑞奈の好みは知性的で穏やかで優しい人物。なのに、一番のお気に入りは斉藤一。彼はちょっとタイプが違う。寡黙、クールな感じではあるが、大人しいわけではなく、「人斬り」のような、やや冷徹で近寄りがたい雰囲気だ。何故、瑞奈は斉藤を特別視するのだろうか。
 ドラマを最後まで観れば、答えが見つかるのだろうか――健吾の興味は徐々に、そんな方に向かっていった。

     *

 このままのペースで続ければ、鑑賞会の終了まであと二日といったところだったろう。
 だが、途中で瑞奈が心変わりをしたことで、さらに一日延びることとなった。

 比較的穏やかな雰囲気でいられたのは、やはり「鳥羽伏見の戦い」の辺りまでだった。
 それ以降は、瑞奈が観たがっていた「続き」、つまり初めて観る部分になる。そこで再び「暴君」の復活となった。
 健吾も珠希もその辺りは心得ており、極力邪魔をしないよう気をつけていたのだが、気力、体力の限界を迎えた、もとい超えた珠希が数度にわたって気を失いかけ、その都度瑞奈から叱られた。
「うう、瑞奈ちゃん怖い。別に邪魔してないのに。ちょっと休むくらい・・・・」
「そこ、うるさいですよ! 集中してくださいっ」
「・・・・はい、すみません」
 そんな掛け合いを挟みながら、ドラマは続いていく。

 鳥羽伏見で敗戦した幕府軍とともに江戸へ撤退した新選組は、東征軍(官軍)の侵攻を阻むため甲斐国(甲府)へ向かうが、そこでも敗れてしまう。幾人かの幹部を含む隊士の離脱も重なり、この時点で新選組は一度崩壊したと言っていいだろう。
「は・・・・原田までいなくなっちゃったの?」
 珠希がとても残念そうに呟いた。そういえば、隊内でも「豪」の象徴のような存在だった原田は、彼女のお気に入りだった。
 このままドラマへの興味を失われても困るので、健吾はこっそり、
「原田には面白い伝説が残っているから、後で――ドラマが終了したら――教えてあげる」
 と伝えてみた。
「それは楽しみね」とは言わなかったが、小さく頷く程度の反応はあった。

 敗走した新選組は流山ながれやまで再起を図るが、その動きは官軍の知るところとなり、ついに近藤局長は捕縛され、やがて斬首となった。病のため療養していた沖田はその死を知らされることなく、近藤の安否を気遣いながら逝った。
「こんど――――!」
「お、お・・・・おぎだしゃぁん!」
 珠希が悲しみの咆哮をあげ、瑞奈が号泣する。
 しかし、土方は諦めない。最後まで足掻き続けるその姿は健吾の胸をも打つものがあり、ここにきて初めて三人は一致団結してドラマにのめり込んでいった。

 舞台は激戦で知られる会津戦争に移る。敗戦が濃厚となると、土方は援軍要請のため庄内藩へ向かうが、徒労に終わった。そして戦線を離脱し、旧幕府軍とともに仙台へ向かうことを決意する。
 しかし、ここで瑞奈のお気に入りである斉藤は、「京で拾ってくれた会津には恩義がある。最後まで忠誠を尽くし、会津とともに戦う」と、残留を主張。
 土方は承知し、斉藤に別れを告げた。

「あ・・・・せんせいが、もういなくなっちゃう・・・・んですか? ここまでですか? 健吾さん」
 ちょうど土方と斉藤の別れのシーンでドラマが終了したので、ディスク交換していると、瑞奈がいかにも寂しそうに尋ねてきた。
 健吾も初めて観るドラマなので確実なことは言えない。が、主人公は土方だし、土方の視点で物語が進むことを考えると、斉藤の出番はこれで最後という可能性もある。
「会津戦争の顛末とか、後日談とかで少しくらいは登場するかもしれないけどね」
「そうですか・・・・」

 瑞奈は黙り、おもむろに髪の毛をいじくり始めた。考え事をしているようにも見えるが、その表情から何かを読み取ることは難しそうだ。
「あれ、急にやりだしたよね。癖だったのかしら」
 珠希が、髪をいじる様子を見ながら言う。
 以前はそんな仕草はほとんど見せなかった。記憶と一緒に生前の癖も戻ったということなんだろうか。
「そうだとしたら、それは良い傾向なのかな?」
「うーん、さすがに何とも言えないわ。悪いことのようには見えないけどね」

 そんな雑談をしても、瑞奈は構わずに髪をいじり続けている。
 先ほどまでの、私語を許さずひたすらにドラマへの集中を強要する「暴君瑞奈」の姿はどこにもない。むしろ、にわかにドラマへの興味を失ってしまったかのような態度にも見える。
 それでも、最後まで観たいというのが瑞奈の要望だった。
 長かった『壬生の牙』も残すところ、あと二巻になっていた。これまで通り基本休憩なし、徹夜覚悟でぶっ通せば、明け方までに終了するだろう。

 新しいディスクをセットし、再生ボタンを押そうとすると、
「健吾さん待って――」
 と、呼び止められた。
「――今日はここまでにしてもらっていいですか?」
「え? 僕は構わないけど――」
 どうしたものかと助言を求めた先の珠希は、真っ赤に充血した眼とその下にへばりついた真っ黒いクマを激しく上下させて、賛同の意を表明している真っ最中だった。
「――うん、わかった。じゃあ、続きはまた明日にしようか」

     *

 時刻は深夜に達していたこともあり、このまま寝ることになった。いつもの通り、瑞奈を畳部屋に残し、健吾はリビングで毛布にくるまって横になる。
「もう動きたくないし」
 とのことで、珠希もリビングで、健吾と並ぶようにして寝転がった。

「・・・・・・・・」
 眠れない。
 疲労は十二分に蓄積されているはずなのだが、睡魔が襲ってこない。ここ連日の徹夜に体が慣れてしまったのかもしれない。
 幾度か寝返りを打っていると、
「もう、気が散るじゃない」
 と、珠希に文句を言われてしまう。
 その珠希も実のところどうやら寝付けない様子で、自分のことは棚に上げ、何度も寝返りを繰り返し、時折「ふうう」とか「はああ」とか唸っている。
 観念したのか、仕舞いには「ねえ――」と健吾に話しかけてくる始末。

「――どうせ目が冴えて眠れないんでしょ」
「・・・・そうだとしても、頑張って眠ろうとしている者の邪魔をするのはいかがなものかと思うよ」
 自分だってさっきは僕に文句を言ってたくせにと、健吾はそれなりに皮肉を込めたつもりだったが、スルーしたのか耳に入らなかったのか、珠希は無視して続けた。
「瑞奈ちゃんって、夜はいつもあんな感じなの?」
 その言葉に、健吾は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
 隣で横になりながら、珠希が畳部屋の方を見つめている。健吾もそれに倣うと、視界に入った瑞奈はぼんやりと窓の外の星空を眺めているようだった。

「いや、普段は夜は寝てるよ。今日は色々あったし、僕らと同じでなかなか寝付けないだけじゃないのかな」
 ここ数日はほとんど徹夜で朝になってしまうか、そうでなくとも上映が終われば力尽きて真っ先に気を失うように倒れてしまう珠希は、夜中の瑞奈の様子を見るのが初めてだということに気付いた。
「夜に寝るってことは、健吾くんからの報告で承知しているわ。そうじゃなくて、あのコの様子というか、雰囲気というか・・・・なんていうか、思ったよりも弱々しい気がして」
「弱々しい? おとなしいとか、静かってこと?」
「うまく言えないけど、昼間は強烈で万事が規格外って感じの瑞奈ちゃんが、今は随分と存在感が希薄になってる。普通の幽霊って感じがする」
「普通って言われても・・・・」
 そもそも幽霊という存在自体がイレギュラーだ。普通とそうでない幽霊の区別なんて、健吾にイメージできるはずはなかった。ただし、珠希の「弱々しい気がする」というセリフには、どこか引っかかるものを感じた。そう言われてみれば、確かにどこかがいつもと違う。

 瑞奈は夜中、全身が青白く発光する。暗闇の中ぼんやりと浮かび上がるその姿はなかなかにホラーチックなので、あまり見ないようにしていたほどだ。だが、今改めて確認すると、それが非常に「弱々しく」なっていた。
 本当に発光しているかも疑わしいくらいだった。窓からの僅かな月明りを浴びてかろうじて姿を確認できている状態なのかもしれない。

 それに――。
「あれ、なんか変だな。目がかすんでるのかな――」
 どことなく、瑞奈の姿がはっきりしない。健吾は何度も両目をこすってみたが、視界がぼやけているのではなかった。ぼやけるというよりは、どこか滲んでいるような感覚。彼女と、彼女以外の境界線が曖昧になっているように見える。
「そうなのよね。インクで線を引いて、それが乾く前に水をちょっと垂らしたような、輪郭がはっきりしない感じになっている。瑞奈ちゃんって、夜はいつもこうだったの?」
「いや、違う。僕もこんなの初めて見るよ」
「そうなの――」
 珠希は特に驚いた様子もなく、話を続けようとした。
「――試してみたらわかるけど、たぶん今の瑞奈ちゃんはね――」
 しかし、そこで珠希の言葉は遮られた。

     *

「健吾さん。もしかして起きてますか? ついでに珠希さんも」
 瑞奈がこちらに向かって声をかけてきた。どうやらこちらの話し声が聞こえたらしい。
「う、うん。まだ起きてるけど」
「へいへい、アタシも起きてますよー。ついでで申し訳ないけど」
「あ、すみません。ちょっと健吾さんに訊いてみたいことがあったもので」
 暗くてよく見えないが、瑞奈は「てへっ」と誤魔化し笑いをしてみせたようだ。いつもなら、失言した場合はもっと慌ててペコペコ謝るようなイメージなのだが、今の彼女にはどこか余裕があるように感じられた。
「僕に? なんだろう?」
「せんせいについて・・・・眠くなかったらでいいんですけど、あの後、せんせいはどうなるのか、知ってたら教えてほしいんです」
 せんせい、つまり斉藤一のことだ。
 さっきからずっとそのことを考えていたのだろうか。それほどに気になるのか。
「うーん、あまり詳しくは知らないけど・・・・」
「知ってる範囲だけでも」
「そうね、それが瑞奈ちゃんの望みなら、叶えてあげなさい。」
 なぜか珠希まで後押ししてきた。

「・・・・せんせい――斉藤――は、会津に残って戦い続けるよ。戦に負けた後、会津は斗南(となみ)って所に改易になるけど、一緒についていく。そこで藩士の娘と結婚したと思う」
「けっ、結婚!」
「う、うん・・・・で、その頃から、名前を藤田五郎ふじたごろうって名乗ったと思う」
「ふ、フジタ?」
「う、うん、元々は山口だったり、実は彼、何度も名前を変えてるんだ・・・・それからは、えーっと、上京して警視庁に就職。警官ってことだね。しばらく勤めて、その後は高等師範学校で守衛やったり剣術を教えたりしていたらしい」
 正確さに自信はなかったが、知っているだけのことは伝えた。

 しばらくすると、瑞奈は「ふー」とため息をつき、満足そうに微笑んだ。実際は暗くてよく見えなかったが、健吾はそう感じた。
「ありがとうございました。そうですか、せんせいは、せんせいを続けたんですね。よかった」
 何がよかったのか、どうしてせんせいなのか、健吾には疑問だらけなのだが。少なくとも今の話は瑞奈にとって納得のいくものだったようだ。

     *

「さて、瑞奈ちゃんの用事はこれで終わりかしら?」
 待ち構えていたように、珠希ががばっと起き上がった。
「さっきは話が中断しちゃったけど、試したいことがあるのよね。瑞奈ちゃん、ちょっといいかしら?」
 そう言いながら畳部屋に進むと、瑞奈の横にどすんと腰を下ろす。
「は、はい? 一体なんでしょう?」
 瑞奈が少し緊張している。首を落とされたり猫にダイブさせられたりと、散々にいじられてきたための条件反射のようなものだろう。

「さあ、いくわよ。健吾くんも見てて」
 珠希は右手を高々と掲げると、それを勢いよく、瑞奈の肩口あたりめがけて振り下ろした。
「ひぃっ!」
 一瞬、驚いた瑞奈の口から小さな悲鳴がこぼれたが、珠希の右手が瑞奈の肩に当たることはなかった。狙いが外れたわけではない。右手は瑞奈の体を通り抜けてしまったのだ。

「やっぱりね――触れなくなってるわ」
「そ、それは一体――」
 驚いた健吾が駆け寄ろうとすると、
「だめよ! エロいイトコさんには実験させてあげません」
 珠希の冷酷な制止を食らって、その場でフリーズしてしまった。
 その横で、瑞奈が動揺している。自身の変化に、今指摘されて初めて気付いたようだ。
「私の体が・・・・本当に?」
 試しに珠希の肩を指先でちょんちょん、と突いてみたが、やはり指がすり抜けてしまった。今の瑞奈は姿は見えるけど、実体が伴っていない。

「はっ! ということは――」
 瑞奈は慌てて傍らに置いてあったお菓子の箱に手を伸ばした。必死に掴もうとするが、何度やってもやはり指がすり抜けるだけで、箱はびくともしなかった。
「あうぅう、コアラの町があぁぁ・・・・。まだ半分くらい残ってるのにぃ!」
 悲しみに沈みこむ瑞奈。憐れを誘う姿ではあるが、健吾には先に確認したいことが山ほどあった。
「珠希ちゃん、体に触れないとか素通りするとかって、これは・・・・つまり、えっと」
 瑞奈は消えかかっているのか、とダイレクトに訊きたいが、本人を目の前にしてはどうしても言いよどんでしまう。その辺りは珠希も汲んでくれて、健吾の言わんとしていることをほぼ正確に理解してくれた。
「断言はできないけど、そうかもね。記憶が戻って、ドラマももうすぐ終わり。このコがここに居続ける理由が、幾分かは薄れてきたとしても不思議ではない」
「じゃあ、もしかしたら、例えばドラマを最終回まで観終わったら・・・・?」
 珠希はちらっと横の瑞奈を見てから、ゆっくりと首を左右に振った。その表情から、「わからない」と答えたのだろう。何か言いたげではあったが、やはり本人の前では憚られると判断したらしい。

「大丈夫」
 コアラの町ショックで項垂れていた瑞奈が、不意に顔を上げて言った。
「大丈夫です。私、消えません」
「瑞奈ちゃん? それは――」
 珠希の言葉を遮り、瑞奈は続けた。
「私は、ここにいなくちゃいけないって気がするんです。だから、消えたりなんかしません。……たぶん、ですけど」
 珠希は黙った。
 健吾も言葉が見つからなかった。消えたくないなら、そのままでいいとは言えない。決して言ってはならないと思った。

 しばらくして、沈黙を嫌うようにようやく珠希が口を開いた。
「えーっと・・・・瑞奈ちゃんは、ここにいなくちゃいけない気がするのね。どうしてかしら?」
「実はよく分からないんです。でも、なんとなくそんな気がするんです」
「そう・・・・なんとなく、ね」
「すみません、分からないことだらけで。こんなことでは、お二人も困りますよね」
「いいのよ、そんなこと気にしなくても」
「だから話します。私のこと」
「え?」
「先ほど健吾さんからお話を聞いて、気持ちがすっきりしました。だから、もう話せそうな気がします。もちろんドラマの続きも観たいですが、それは話してからでいいです」

 事の成り行きに、健吾は固まったままだった。
 小躍り状態だった珠希も、瑞奈の次に続いた
「でも今日は遅いから寝ましょう。お話は明日起きて、ご飯食べてからにしたいです」
 というセリフで、硬直してしまった。

(次話につづく)


※またまた非常に長いブランク開けてしまいましたが、ようやく更新です。更新したわりに内容が進んでなくて、堂々巡りのような流れになってしまっております><
次回からは、それなりに進むように心がけたいと思っております。
タイトルは「話の十一 その日」となる予定です。もうかなり終盤ですので、ペースはなんとか上げ気味でいきたいと思います。
今後もよろしくお願いいたします。



  

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